「雲雀さん、熱あるんじゃ…」


名前がそう言ったのは、口唇を合わせて、名前の涙を吸い取って、漸く笑った名前にもう一度キスして、薄い肩に額を乗せた時だった。
青と白のストライプのシャツから見え隠れする鎖骨とか首筋が美味しそうで、頭の上で「身体熱いですよ」とかなんとか言っている名前を余所に僕は口を開けた。






「雲雀さん」



さっきまでの従順さは何処に行ったのか、名前は僕との間に腕を入れて、僕を引き剥がした。名前を食べそこねた僕は何なのと、眉を寄せたけれど額にあてられたひんやりとした手が純粋に気持ち良くて開きかけた口を閉ざす。






「やっぱり、熱あります」


体温計、と呟きながら立ち上がろうとした手を引っ張る。咄嗟の事にバランスを崩した名前は、僕を押し倒すようにして床に着地した。背中が地味に痛い。でも僕は素早く開いていた腕を名前の腰に回した。その細さに僕は一瞬その腕を離してしまいそうになったけれど、今度は離さない様にぎゅっと回した。






「ワオ、積極的だね名前」


「違っ、雲雀さんが急に引っ張るから!」


僕の肩口に乗った頭からそんな声がして、起き上がろうとする名前は、じたばた無駄足掻きして暴れる小動物みたいだ。腕に力を込める、僕の片腕でも抜け出せない名前がなんだかかわいい。顔は見えないけれど、きっと顔を赤くしてるんだろう、思わず声を漏らして僕は笑った。







「君の手、冷たくて気持ちいい、」



無駄な抵抗だと知ったのか、大人しくなった名前の捕まえていた手を、自分の頬にあてる。





「それは雲雀さんが熱があるからです」



拗ねたような口振りの名前に、けれど手は優しく僕の頬に留まってる名前に、僕はまた笑って、名前を解放した。名前はゆるりと起き上がって、床に寝転んだままの僕の隣に正座をした。僕を見下ろす名前はちょっとふて腐れたような顔をしていたけれど、普段より幼い顔の名前に僕は頬を緩ませながら瞼を降ろした。目を開けているのが億劫で、自分の呼気が随分熱を孕んでいるのが良く解った。思考がぼんやりしてくる。本格的に発熱してるみたいだ。どうしようかな、思った時そっと、躊躇いがちに、僕の指先に冷たいものが触れた。瞼を上げると、眉を下げて僕を見下ろす名前がいた。その指を指先に絡めると、名前が僕の名前を紡いだ。






「雲雀さん、寒くないですか、」


「熱いよ」


「あ、喉とか渇いてませんか?」


「今は要らない」


「でも水分とった方が」



言いながら離れようとした手を、僕は赦さなかった。ほんの少し力を込めて繋いでいる手を引っ張る。






「何も要らない。でも君はここに居なよ」











それから、僕は「せめてベッドで寝て下さい」という名前にベッドに寝かせられた。当たり前だけど、枕もシーツも名前の香りがして、シャンプーなのか石鹸なのか、それとも名前の香りなのか。そんな匂い、空気の中、微睡みは直ぐにやってきて僕は眠ったようだった。


僕が目を覚ました時、名前は僕の顔のすぐ傍でベッドに突っ伏すようにして眠っていた。組んだ腕に頬を乗せ、その顔が調度僕の方を向いていた。






「…」



うっすらと口唇を開けて眠る名前は過ぎる程無防備だった。そんな名前に僕は複雑な感情を抱く。かわいいとか嬉しいとか、危機感がなさすぎじゃないとか。それでも僕の目は名前を見続ける。昨日涙が何度も滑り落ちた白い頬は、跡を残す事なく柔らかそうだった。そこに指先を伸ばし掛けた時、無機質な音が響いて、僕はその動きを止め、名前の身体がピクリと跳ねた。咄嗟に目を閉じた僕の傍らで、名前は「もしもし」と小さな声で応えながら離れていった。パタンとドアが閉まる音がしたけれど、ドアの向こうから僅かに名前の声が途切れ途切れに聞こえる。






―大丈夫、元気。―うん今日は…休みだよ
お父さんは?今そっちは夕方?




「お父さん」その言葉に心臓に何かが刺さった気がした。そこからドクドクと冷たい血液が全身を流れて行く。思い出したくもない、名前の進路先の校名が脳内に蘇る。



忙しいの?―そう、大丈夫?


―手紙、届いたんだ。―そうなの、三者面談、


―仕事でしょう?うん、先生に日にち変えて貰うように言ってみる




起き上がらずにいられなくなって身を起こす。その視界に縦の中心部分に磨りガラスが入れられた薄い茶色のドアが見えた。調度磨りガラスの所に名前が立っているのが解る。急に湧き上がった焦燥感に駆り立てられ、タオルケットを剥いだ僕を鎮めたのは、名前の少し固く変わった「お父さん」と呼ぶ声だった。







進路の事なんだけど


私、








その後に続いた言葉に、僕は身体をベッドに戻した。目を閉じると名前の声がよく聞こえて、聞こえ過ぎて。その声音は名前が初めて僕の前で泣いた時の声に似ていた。
暫く話しが続いた後、再び控えめにパタンと音がして、前髪を払うようにして僕の額にそっと何かが触れた。離れようとしたそれを捕まえて目を開くと、驚いた様に目を見開いた名前がいた。






「…起こしちゃいましたか」


「そうみたいだね」


「すみません、」


「今何時?」


僕の問いに名前は僕から視線を外して、すんと洟をならした。



「7時前です、」



応えた名前に僕はベッドから起き上がった。大丈夫ですか、訊く名前にうん、と返して名前を見る。名前は良かった、と言葉通りに息を吐いて微笑った。少し赤い目を細めて、微笑った。







「何か飲みますか?」


「そうだね」



言いながら、僕は捕まえたままの手を引っ張って名前を抱き寄せた。雲雀さん?ただ不思議そうなその声に今度は僕が息を吐く。さっきドアの向こうから聞こえた声は、辛そうで苦しそうで、でも今僕の前にいる名前は笑っている。だから僕は余計に、小さな身体を離れないようにと抱きしめた。








「私、このまま並盛に居たいの」
「ごめんなさい」




その名前の言葉を胸に刻みながら。









110607





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