「勝手に決めつけないで」
自分の言いたい事を言って、なのに俯く様にカップに目を落とした苗字は、僕の低い声に顔を上げた。今度こそ、本当に揺らいでいる苗字の瞳が、内側から湧き上がる僕の感情を更に増幅させる。
「要るも要らないも僕が決める事だ。今まで君はそうやって生き延びてきたのかもしれないけど、」
転校を繰り返してきた苗字の処世術、それは簡単に言えば、他人と繋がらない事。踏み込まず踏み込ませない、自分に対しても他人に対しても、どうせ忘れるから必要ないと決め付けて、拒絶して。僕は今でもそれを否定しようとは思わない。そのやり方はどうであれ、繋がって群れをなすよりはいい。でも、それはもう僕には通用しない。ねぇ、知ってるかい。僕は欲しいものは手にいれるんだよ、必ず。だから、
「僕は君の思い通りになんかなってあげないよ、名前」
目を見開いた名前は声を失った様にして僕を見ていた。じっと、その瞳を見詰めると名前は僕の視線から退く様に不意に目を逸らした。逃がさないよ、と、その瞳を追って、だけど今度は僕が声を失くした。名前の黒い瞳、そこには透明な膜が張って、瞬きする度に重なっていた。
「…、私は、」
それが零れ落ちる前に、名前は口唇を開いた。
「ひとりでいたいんです、」
「ひとりがいいんです」
俯いたままの名前はまるで、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。ぽたり、と、透明な膜が粒になって名前のスカートに落ちる。それはひとつ、ふたつ、と増えて、声も上げずに涙を落とす名前に、僕は手を伸ばした。
頬に触れた指先は、直ぐに弾かれた。僕の手だけじゃない、僕自身を拒む様に背を向けた名前はなんだかずっと小さく見えた。
この子は、
名前は、
こうやって泣く子なんだ。小さく震える華奢な肩に、莫迦な子、思う。泣くならもっと、ちゃんと、声を上げて泣けばいいのに。木ノ下みたいに、とは言わないけど、そんなに静かに泣いてたら、誰も気付かない。君が哀しんでる事に、苦しんでる事に。ひとりがいいなんて言って、そうしてこうやって泣いて、ねぇ、君はいつもこうやってきたの、
訊く代わりに僕は名前を包む様に腕を回した。だって、どうせ訊いたって名前は応えてくれないから、
「―っ、や!離して」
「ヤダ」
後ろから抱き締めると身体を強張らせて予想通りの反応をした名前に、腕の力を強めて閉じ込める。尚も抵抗する名前に、僕は言った。
「さっき、言ったでしょ」
僕は君の思い通りになんかなってあげないって
そう名前の耳に落とすと、張り詰めた糸が切れた様に名前の身体から力が抜けた。
その日、やっぱり声を殺して泣く名前が泣き止むまで、ずっと僕は名前を抱き締めていた。
110217
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