午前の授業が終わって、苗字が応接室に来た。苗字から自信無さげに渡された弁当箱を僕は「うん」と受け取る。苗字はギンガムチェックの包みを手にした僕を見遣って、じゃあ、と下がった。そんな苗字に僕は立ち上がりながら口を開いた。






「何してるの、君も一緒に食べるんだよ」


「え?」



「自分のも持って来てるんでしょ」



「…、教室に置いて、」



「直ぐ持ってきて」




早くしなよ、と言いながらデスクチェアから立ち上がれば、苗字は何か言いたげに、けれどもう一度僕が口を開く前に応接室を出た。それを見届けて、僕は応接室の隣の給湯室でお茶を準備した。出来た二つのお茶を持ってテーブルに置く。それからギンガムチェックの包みを開いて、出てきた真っ黒な弁当箱を開けた。黄色の卵焼き、緑のブロッコリーにミニトマト。それにきんぴらみたいなのと春巻、そしてハンバーグ。ご飯はわかめご飯だった。へぇ、見た目はまあまあじゃない。ちゃんとハンバーグも入ってるしね。上がった口角を治めてドアを見遣る、早く来ればいいのに。


そんな思いが通じた訳じゃないと思うけど、そんなに経たない内にドアがノックされた。入りなよ、言ってドアを見遣る。開いたドアの向こうには苗字と、






「どうして君まで来たんだい、木ノ下菫」



呼んでないんだけど、と続いた僕の言葉に応えたのは苗字だった。






「今そこで逢ったんです」


「ですー」



木ノ下は何が楽しいのか気持ち悪い位の笑みを浮かべて僕とテーブルの上を見遣った。美味そーと漏らした木ノ下が、更に笑みを深める。





「私も一緒して良いですか雲雀先輩!」


「ヤダ」


「ですよねー。残念だなあ」




にまにまと気味の悪い笑顔の木ノ下は、ちっとも残念そうじゃない。なんなの気持ち悪い。苗字も僕等のやりとりを不思議そうに見ている。





「解りました、名前先輩今度一緒して下さいね」



「あ、うん」




じゃあお邪魔しました!とドアを満面の笑みで閉めた木ノ下に「失礼しました」の間違いでしょ、思う。まあ邪魔なのも間違いではないけれど。






「座りなよ」




入口に立ったままの苗字にそう促す。苗字は少し戸惑うようにして、お茶を置いておいた僕の隣に腰を降ろした。三人掛用の大きなソファーに並んで座って、苗字は水色のギンガムチェックの包みを解く。中から出てきたのは白い、僕よりも小振りの弁当箱だった。苗字は弁当を包んでいた水色のギンガムチェックのハンカチを膝の上に広げて、僕を見遣った。





「じゃあ、いただくよ」



「…どうぞ、」



僕が箸を持ったのを見届けた苗字からいただきます、小さな声が聞こえて、僕達は弁当を食べ始めた。
最初にハンバーグ、それからきんぴら。ハンバーグはまあまあで温かいのが食べたいなと思える味だった。きんぴらはじゃがいもと人参、ごぼうじゃないのが珍しいな、なんて思いながら箸を進める。ちょっとしょっぱいけど、じゃがいもと人参本来の甘さが良く解る、





「…あの、どうですか」



黙々と食べる僕に、苗字のそんな声が寄越される。僕はそれに、うん、とだけ答えた。そんな僕に苗字は休めていた箸を再び動かし始めた。


特に話をする訳でもなく、僕と苗字は弁当を食べ続けた。何気なく見た苗字の弁当の中味は、ハンバーグも春巻も僕より一つ少なく入っていた。弁当箱の大きさが違うんだから当たり前かもしれないけど、僕のを多く入れてくれた事とか、そもそも僕の弁当箱が大きい事になんだか不思議な感覚を覚える。ソファーに浅く腰掛けて、膝に掛けた水色のギンガムチェックのハンカチの上に弁当を置いて行儀良く食べる苗字を見遣る。僕なら一口で食べれる卵焼きを二回にわけて食べた苗字に、あ、と気付いた。


苗字は女の子なんだ。当たり前だけど、なんだか改めてそう思った。


そう、苗字は最初から女子で、季節外れの転校生で、でもやっぱりただの女子生徒だった。だけど、違う。いつからかは解らない。でもそんなのどうだっていい。苗字は僕にとって、もうただの女子じゃない。








「雲雀さん?」




箸を置いて、お茶を手にした苗字が僕を見ていた。窓から入った光の所為で苗字のまるい瞳は茶色くて、その中には僕がいる。それに僕は今まで感じた事がなかった、ワクワクするのとも、ゾクゾクするのとも違う、何だかもっと曖昧で例えようのないものに包まれた気がした。不思議そうに瞬きして首を傾けた苗字の頬に黒い髪が一筋落ちる。その白くてまるみを帯びた頬に、思った。曖昧で例えようのない、でも例えるなら、綿毛みたいな、マシュマロみたいな、ふわふわと柔らかいもの。マシュマロなんて甘いもの、僕は食べないけど。


僕は弁当に目を落として止まっていた箸を動かした。まだ食べてなかった黄色い卵焼きを口に入れる。






「…甘すぎ」


「え、…そうですか?卵焼き1番の自信作だったんですけど…」



言って髪を耳に掛けて卵焼きを一口食べた苗字に、僕は「こんなんじゃご飯のおかずにならないよ」なんて返す。





「卵焼きはおかずですかね?」


「そうじゃなかったらなんなの」


「…デザート、みたいな…」


「要らない」




デザートなんか要らない。マシュマロも。甘いのは君だけで良い、そう思った事までは苗字に教えてあげない。








110127





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -