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茶髪のお兄さんは暫く俺の頭を撫でて満足したのか、俺の頭から手を離す。そして黒髪のお兄さんと同じようにバスケコートに視線を向けると突拍子もなくこう言った。
「彼、優しい?」
「え?」
…彼。
それは十中八九、神田さんの事を指しているのだろう。彼とは誰の事だと聞き直すまでもない。
「あー、えっと」
俺は両隣の二人にチラチラっと視線を向けた後、頬を人差し指の腹で掻く。そうすればバスケコートの方を見ていた二人は俺の口から出る答えが気になるのかこちらを見てきた。その視線から逃げるように、今度は俺が神田さん達が居るバスケコートに視線を移す。
「テレビで見たままですよ」
…嘘だけど。
実際はテレビとは真逆の人間。爽やかな好青年なんて程遠い。ただのサディストな鬼畜野郎だ。
「優しくて良い人です」
…これも嘘。
実際は気に食わない事があればすぐ手を出す暴力者。
この人達は良い人そうだから嘘を吐くのは良心がズキズキと痛むけれど、これも神田さんのイメージの為だ。そう、仕方がない事なのだ。だけど馬鹿正直に「本性はただの性格破綻者の俺様ですよ」と言えればどれほど楽だろうか。
「ふーん」
すると茶髪のお兄さんはバスケコートの方を見ながら目を細めた。おそらく神田さんの姿を見ているのだろう。
「俺、実際は性格破綻者だと思ってた」
「…あはは、そんな事あるわけないじゃないですかー」
その通りです、お兄さん。大正解。
一瞬ひやっとしてしまい、乾いた笑いが口から零れた。否定の言葉が若干棒読みになってしまったのは見逃して貰いたい。的を得た発言にびっくりしてしまったのだ。
「見た目も運動神経もいい上に、性格までもいい奴って居るんだな」
完璧人間じゃん。羨ましい。と言う彼に、俺は「で、ですねー」と当たり外れのない言葉を選んで賛同する。でも完璧人間は完璧人間で凡人とは比べ物にならないほどの悩みと苦労が付き物だということも知って欲しい。一ヶ月くらいならば神田さんのような完璧人間になってみたいけれど、一生なんて絶対に嫌だ。俺には耐えられる自信がない。
「人気者の彼が皆に取られちゃって寂しい?」
「……、」
先程の“寂しい”発言を聞かれてしまっている時点で否定するのはおかしいよな。それに実際に寂しいと感じたのは確かなのだから今更嘘を吐く必要なんてないだろう。
俺は茶髪のお兄さんの台詞に肯定するように、一度だけ小さく縦に頷いた。
そうすれば励ましてくれているのか、同情しているのか分からないが、黒髪のお兄さんが再び頭を撫でてくれた。
「あ、ありがとうございます」
礼を述べるべきなのか少し迷ったが小さい声でそう言えば、彼は「ああ」と一言だけ返してくれた。
「よし!今日はお兄さん達と一緒に身体を動かそうか!」
「いいんですか?」
「いいに決まってるじゃん」
「前は出来なかったからな」
わーい。
嬉しくて心の中で万歳して喜んだのは秘密だ。
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