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今先程噛まれた首元と同じように、脇腹も歯を立てられて血が出るまで噛まれるのだろう。痛みはもちろんのこと、皮膚が裂けるあの感覚が凄く嫌だ。…いや、そんな事が好きな人なんて特殊な性癖の持ち主である極僅かな人だけだろうけれど。俺はそんなアブノーマルな性癖を持ち合わせていないから、あの感覚を思い出すだけで物凄く怖い。
「ッ、?!ん、は…ふ、」
だがその時はいくら身構えても訪れなかった。
その代わりに訪れたのは…。
擽ったさと。
そして、ほんの少しの気持ち良さ。
「ん、ぅ…?!」
…って、いやいやいや。気持ち良さって何だよ。そんな事天地がひっくり返っても思っちゃいけないだろ。だ、だって俺は噛まれてるんだよ。そんな事を少しでも思ってしまったら俺も一部の特殊な性癖な持ち主の人達の仲間入りになってしまうだろうが。
でも、だけど。
ヘソの辺りを尖らせた舌で舐められると思わず腰が跳ねてしまう。
「ひゃ、…は、ぁはは、ふふっ」
手の平の甲で口元を押さえながら与えられる刺激に耐えるものの。だけど手で口を押さえたからと言って、声は漏れてしまう。
だって仕様がないだろ。ヘソの周りを舐められながら脇腹を撫でられたら。擽ったさと、何とも例えようのない淡い気持ちよさに思わず笑みが溢れてしまうものだ。
「ん、ふ…は、ふ」
すると気色悪い声を上げながら笑う俺に嫌気が差したのか呆れたのか。神田さんは、俺の腹に埋めていた顔を上げて睨み付けてきた。
「てめぇな。色気がねぇんだよ」
「だって…そんなもの俺には必要ありませんから」
「チッ」
もしかしなくても。神田さんは人の泣き顔が好きなのだろう。泣き止むどころか、逆に笑い出した俺に嫌がらせをする気力すら失せたようだ。それは俺にとっては有難い限りである。
「大体。何でこんな事するんですか?」
先程までの神田さんの不可思議な行動に眉を顰めながら訊ねれば、神田さんは楽しそうにニヤリと笑った。
「何故だと思う?」
質問を質問で返さないでください、と言ってやりたい。だがそれを言ってしまえばまた血が出るまで噛まれそうだから俺は押し黙る。
「…ただの嫌がらせ?」
自分から質問をしておきながら今更だが。これ以外の答えはあるのだろうか。
もっと酷いことを言われたらどうしようと思いながら、神田さんを見上げる。
「さあな」
だが返って来たのはたった三文字の言葉だった。
あ、はい。左様で御座いますか。答える気がないだけなのか、そもそも初めから答えがないのかは知らないけれど、教えてくれないなら勿体振るなよな。
俺は乱れた服装を直しながら立ち上がろうと、床に手を付いて力を入れる。
だがそれを許さんとばかりに、またもや神田さんは俺の肩を押さえ付けてきた。
「…この行動の意味は?」
口先を尖らせて、ジロリと睨み上げながら訊ねれば。再び「さあな」とだけ返って来て、俺は大袈裟な程の深い溜息を吐きながら、何もかも諦めるように目を閉じた。
いっそ、このまま静かな眠りに就きたい…。
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