蜜空間 | ナノ

12





だが。俺が抱いていた不安と焦りは、何とも妙な形で打ち消されることとなった。


「俺の事ご存知なんですか?嬉しいです。ありがとうございます。あ、握手ですか?もちろんいいですよ」

遠目でも分かる程に、爽やかな笑みをその端正な顔に貼り付けて、照れた様に人差し指で頬を掻きながら、にこやかに握手にも対応していた神田さんが居たからだ。
俺が危惧していた事態は起こらなかったのだが。敢えて言わせて貰おう。

だ れ だ お 前 !!

いや、知ってるよ。テレビに映っていた神田皇紀だろ?でも違うじゃん。違ったじゃん。爽やかでいい人なんて言われてたけど本当は全くの真逆じゃんか。猫被ってるくせに。本当は無愛想で、必要以上は喋らない上に、暴力的なサディストのくせに。
何で俺だけに本性現してるんだよ。何で俺だけに冷たいんだよ。ずるい。卑怯だ。俺にも平等に扱え。

そう声高々に神田さん含め、この場に居る皆に言いたいものの、俺なんかにそんな事を言う度胸があるわけもなく。恨めしい気持ちを胸に抱いたまま、俺はすごすごとその場から離れた。


「(…ふーんだ。ばーか。)」

俺には一度もあんな笑顔向けてくれたことないくせにさ。あの人は俺のこと「ただの家畜」としか思っていないのか…?
ま、別にいいけど。どうでもいいや。人に嫌われるのは慣れているし。俺のことを嫌いな人が一人増えようが二人増えようが大差はないのだから。

よっこいしょ、と。木の陰で日陰になっている場所に腰を下ろす。
神田さん達から出来るだけ遠く離れたいから歩いたものの、流石にちょっと疲れた。でもこの辺りまで来れば、俺の視界に入ることはない。これで余計な事を考えずに済むはずだ。

ふぅと息を吐いて、周りを見渡す。
運動を義務するような事を特に言われていない割には、皆それなりに体を動かしているようだ。
二人組みになってキャッチボールをしている人達。一対一でバスケ勝負をしている人達。大人数でサッカー対戦している人達。もちろん中には座って談笑している人も居るけれど、俺のように一人でボケッと座っている人は俺の見える範囲では居ない。


「(何だよ…。皆マジシャンか?一体どんなマジックを使えばそんなにすぐ打ち解けられるんだ…)」

二人組みで居る人達は同室者である程度打ち解けられていたとしてもだ。大人数でスポーツしている人達はどういうマジックを使ったんだよ。さっき会ったばっかりだろ?お金払うから種明かしして欲しいくらいだ。


「(うう、惨めだなぁ…)」

これでは学校に居るときと変わらないじゃないか。
やっぱり他の人達に原因があるんじゃなくて、俺に原因があるのだろう。何処だ?外見か?それとも中身か?むしろ両方なのか?近寄りたくないオーラとかが俺から噴出しているのかな…。
まぁ。確かに惨めだけれど。マラソンとか過酷な運動を義務付けられるよりもマシか。一人で座ってるだけでいいのなら楽だな。うん。何も問題などない。


「………」

でも。

本音を言うと、やっぱりちょっとだけ寂しい。かも。
もういや。このまま寝てしまおう。そう思って顔を俯かせた瞬間だった。


「おーい」

頭上から声を掛けられたのは。
ハッとして、顔を上げれば目の前には知らないお兄さんが二人…。もしかしたら神田さんが来てくれたかも、なんて少し期待した数秒前の俺死ね。


「え、…あ、…?」

そしていきなりの事に驚き、緊張して上手く言葉らしい言葉を発せられない俺なんか消えてなくなってしまえばいい。
恥ずかしい。いっそ消させて。

だけどそんな俺を見てもドン引きすることもなく、格好良い今時のお兄さん達は、尚も爽やかに話し掛けてくれた。

「もし良かったら一緒にバスケしないか?」

「嫌だったら野球でもテニスでもいいぜ?」


え、っ…?えっ?


その二人の声と言葉の内容はあまりにも優しいもので。
もしかして俺ではなく他の人に話し掛けているのかもと思い、キョロキョロと辺りを見渡して見たのだが、近くには俺以外には誰も見当たらない。


「…え、…お、俺、ですか?」

「そうだよ。君だよ」

「他に誰も居ないだろ」

「……あ、…はい」


そうですよね…。




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