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瞳孔を開いてある一点を穴が空きそうな程見つめる彼に、俺は首を傾げた。
「…あ、の?」
声を掛けてみるものの返答はない。雨の勢いは止まず、このまま雨に打たれながらこの場に立ち続けるのは嫌なので出来るものなら早く立ち去りたい。今の内に逃げるように走り去ってもいいかな。
というか、彼は何処を見てるんだ…?
「……?」
彼の視線の先を辿ってみる事にした俺は、少し顔を下げて視線を下に向ける。
そうすればすぐに彼がある一点を凝視して、言葉を失った理由が分かった。
制服の薄い白いシャツは、肌の色さえも分かるくらいに雨に濡れて肌に張り付いている。雨に打たれ続けて身体が冷えた所為で立ち上がっている乳首も、男のくせに少し膨らんでいる俺の胸の形さえも手に取る程分かる。
自分で言うのもあれだが…これは何というか、エロい。
「ひ、ゃあ…っ?!」
俺は両腕をクロスして胸元を隠して、その場にしゃがみ込んだ。何とも女々しい悲鳴を上げてしまったが、今はそれどころではない。一大事だ。俺の胸の秘密を知られてしまった。親やマネージャーですら知らないというのに。
羞恥で顔も上げられないし、立ち上がれない。いったい彼は俺のこの胸を見てどう思っただろうか。やっぱり気持ち悪いと思われてしまっただろうか。
それにもしマスコミに情報を流されたり、ネットに書き込まれたりしたらどうしよう。大金を掴ませてでも黙って貰わないと…。
「……っ、」
そんな事をあれこれ考えていると、ポンっと肩を軽く叩かれた。それに大袈裟な程に反応をしてしまった俺は身体を跳ね上がらせた。恥ずかしいったらありゃしない。今ならば羞恥で死ねそうな気さえする。
「柊もも」
「…な、何ですか?」
「風邪を引くぞ」
「気にしないでください…」
だって今立ち上がったら雨の所為で透けた胸が丸見えじゃないか。男のくせにずっと腕で隠すのは恥ずかしいし、この体勢を保ち続けるしかない。最低でも彼が目の前から消えてくれるまでは。
「……あ」
すると今度は肩から背中に掛けて、ずっしりと重たい物が覆い被さってきた。チラリと視線を横に向ければ、どうやら彼が俺に学ランを掛けてくれたようだ。大量に雨を吸い込んだ学ランは思いの外重たい。だけどこれならば胸を隠す事は安易に出来そうだ。
「早く家に帰れ」
強面の彼はそれだけを言うと、そのままその場を立ち去ろうと歩を進める。
「あ、待って。待ってください…っ」
俺はすかさずそれを止める。彼に言いたい事が色々あるから。
すると彼は素直に止まってくれた。どうやらあまり恐い人ではないようだ。…多分だけど。
「あ、あの、」
「………」
「これ…ありがとうございます」
「ああ」
ちょっと重たいけれど、この学ランのお陰で無事に家に帰れそうだ。さすがに鞄で胸を隠しながら大通りを走れないから。
「それと…その、」
俺の胸の事を誰にも言わないでください。それを彼にお願いしようとすればそれよりも先に、「誰にも言わない」とだけ彼はポツリと喋った。
「…え?」
「安心しろ」
「は、はい」
やばい。どうしよう。凄くいい人だー。
不良さんだと思って偏見的な目で見てしまっていた事を後悔するのと同時に、俺は酷く反省した。今度この学ランを返しに行った際には、きちんとお礼をしようと、俺は去って行く大きな背中を見ながらそう思った。
その際に、彼…東堂先輩と大接近し恋仲の関係になったのは誰にも言えない秘密だ。
END
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