短編集 | ナノ

 プニ☆コン

プニ☆コン


「東堂魁×柊もも、不良×平凡」

受けに胸の膨らみがあるというのが苦手な方は、閲覧をご遠慮くださいませ。







俺の名前は柊(ひいらぎ)もも。
女の子のような可愛らしい名前にほんの少しコンプレックスを抱いているものの、そんな事すら忘れるほどの最大のコンプレックスを、…俺は抱いている。


「……はぁ……」

そしてその最大限の悩みが、今の俺を苦しめているのだ。


「おーい、早くしろ。」

「は、はーい……っ」


“水泳の補習授業”。
俺の通っている高校の水泳の補習授業は「鬼」と言われているほど厳しいらしい。だから泳げない人も水泳の授業をサボることなどせず、毎時間必ず出席しているようだ。

そんな悪魔の補習授業があると知っているのに補習授業を受けているのかというと、…泳げないとかいう簡単な理由でもなく、アレルギーを持っているという理由ではない。


「…………っ、」

自身の身体の悩みなのだ。
…親にも親友にも打ち明けたことがないくらいの、深い悩み。

赤点を取って留年してしまうのも嫌なので、渋々補習授業に出てみたら、何と俺ともう一人補習に出る生徒が居るから俺は余計に悩んでいるのだ。
しかもその相手が俺より一つ上の、「東堂魁(とうどう かい)」先輩という、不良の中の不良…。気に食わなければ先輩だろうが教師だろうが手を上げるという恐い人。


「………はぁ」

一体俺はどうすればいいのだろうか?
先生と二人きりなら何とか隠し通せたかもしれないのに、東堂先輩という恐い人が居るから、最後まで隠し通せる気がしない。
俺は同じ更衣室に居る東堂先輩をチラリと見る。


……驚くほど美形だ。
鋭い目付きをしているため恐く思えるが、芸能人顔負けの端正な顔立ちをしている。しかも足も長く背が高いときた。一度も染めたことがないのか、黒色の髪の毛が更に顔を引き立てている。
……おまけに体付きもいいときた。
制服のシャツを脱いで上半身裸になっている先輩の腹筋は割れている。腕も太いし、男らしい。


……それに比べて俺は、……俺は。


俺は着ている制服を脱げないままに、もう一度深い溜息を吐こうとした瞬間、……急に更衣室の扉が開いた。


「…遅い!のんびりするな!」

中々更衣室から出てこない俺達を呼びに来たのか、担当の先生が更衣室に入ってきたのだ。


「柊!お前まだ着替えてないじゃないか。」

「え、…あの……、」

「先生も暇じゃないんだ。早く着替えろ。」

「………っ、」


先輩だってまだ着替え終わってないというのに、先生は俺だけを名指して怒鳴ってくる。きっと東堂先輩が恐いから怒れないのだ。


「ほら、早くしろ!」

「……わっ、…ちょ、」

注意してもなお着替えようとしない俺に先生は焦れたのか、俺の着ているシャツを無理矢理脱がそうとしてきた。もちろん俺は抵抗する。
だって、…だって脱げるわけないじゃないか。

…この身体を人に見せるわけにはいけない。


「や、…止めて、くださ…」

「煩い、早くしろ。」


何度止めろと言っても、抵抗しようとも、先生の手は俺のシャツから離れない。俺はパニック状態に陥り、泣きながら更に抵抗を続けた。


「…や、だ…ぁ」

「泣いても無駄だ。」

「ふ、…っ」


先輩だって居るのに、俺は男二人の前でみっともなく泣き続ける。だけど先生は止めることなく、まだ俺の服を脱がそうとしてくるのだ。…このまま俺の“身体の秘密”がバレてしまうのかな、と抵抗を止めようとした瞬間…、


バキッという音と共に、目の前に居た先生が吹き飛んだ。



「………ぁ」

「…ふざけたことしてんじゃねぇよ。」

「ひっ」


そう。先輩が先生を殴ったのだ。
頬を押さえたまま悲鳴を上げた先生は、四つん這いのまま逃げるように更衣室から出て行った。


「……………」

「………」


残ったのは未だ涙が止まらない俺と、そんなみっともない姿を晒している俺を見下ろす東堂先輩。

……もしかしなくても先輩は俺を助けてくれたのかな?だったらお礼を言うべきだよな?
しかし「ありがとうございます」と言えれるほど、今の俺は正常な思考を持っていなくて、ただ先程の恐怖に震えて泣き続けるしか出来なかった。


「……っ、…ぅ…」

「…………」

「……ふ、…ぇ」

「…泣くな」


一向に泣き止もうとしない俺を殴ることなく、なんと先輩は泣き続ける俺の頭を撫でてくれた。優しく撫でてくれるのではなく、ガシガシと慣れない手付きで乱暴に撫でてくれる東堂先輩の手付きが、妙に心地よく思えた。


「もう恐くねぇだろ…?」

俺はひたすら頷いた。
もう俺のシャツを無理矢理脱がそうとする先生も居ない。何処かの族の頭だという東堂先輩も、もう恐いとは思わない。


「だったら、泣くな。」

「……っ、…は、はい…」


先輩の低く優しい声に安心した。
俺の頭を撫でてくれる先輩の手付きで安心出来た。

少し正常を取り戻した俺は、そこで考えた。
…この人なら、東堂先輩なら、俺の秘密を打ち明けることが出来るかもしれないと。
それに二週間も補習授業があるというのに、この秘密を隠し通すことが出来ないと。

そう思った俺は、先程まであれ程脱ぐことを拒絶していたシャツのボタンを上から順に外していった。


「………っ、」


俺の上半身を見て、先輩が息を呑んだ。
緊張と不安と羞恥心で、胸が張り裂けそうなほどドキドキする。


「……お前…、」

「き、もちわるいですよね…?」


俺の秘密。
両親にも親友にも誰にも打ち明かしたことのない秘密。


それは、

……俺に胸があるということ。


中学を卒業したと同時に、徐々に膨らみ始めた俺の胸。男にはあるはずのない胸の膨らみ。
別に痩せているわけではないが、太り過ぎているわけでもない。多少肉付きはいいかもしれないが、胸が膨らむほど太ってはいない。
……それなのに、俺はAカップほどの胸があるのだ。


「その、……俺、」


だから俺は水泳の授業に出るのが嫌だった。
だから先生にシャツを脱がされることを拒んだ。
この胸を人に見られたくなかった。気持ち悪いと罵られるのが嫌だった。


「……俺、」


あ、やばい。
また涙が出てしまいそう。
…瞬きしてしまえば頬に伝ってしまいそうなほど、目元に涙が溜まったのと同時に、


「……泣くな。」


再び先輩に頭を撫でられた。


「…俺の身体、気持ち悪くないんですか……?」

「……んな事、思うわけねぇだろ。」

「………っ、で、…でも、」

「お前は、可愛いよ。」

「…………っ?!」


まさかそんな返事が返ってくるとは思っていなかった。やばい、嬉しくて泣きそうだ。
ずっと一人で悩んでいた分、誰かに打ち明けれたことが、受け入れてもらえたことが嬉しくて、…また泣いちゃいそうだ。


「…泣くなって」

「ご、…ごめん、なさ…い」

「おら、前隠せ。」


ぶっきら棒にそう言い放った先輩の頬が若干赤くなっていたことに、…泣いている俺は気付きもしなかった。


END




「プニ☆コン」→正式名所「プニプニ☆コンプレックス」




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