dear dear

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「アヒムが……ユニカの血を飲んで一命を取り留めたと書いてある」
 野営の天幕の中、クレスツェンツに同席を請われて夕食をともにしていたエリーアスは、パンを頬張っていた口を動かすのをやめて考え込んだ。
「王妃さまは、ユニカの事情はすべて承知していらっしゃるとアヒムから聞いていますけど」
「ああ、あれが手紙に書いてくれた。どうも救療の女神に愛されすぎた子どものようだと。でもすべてとは言えぬようだ。知らなかった、この事件のことは……。ユニカの血に癒しの力があると知っている者はどれほどいる?」
「噂は、昔からありましたよ。ユニカの両親が生きていたころには『薬』だなんて言って高い金で売ってましたし……」
「なんだと!?」
 クレスツェンツの剣幕にぐっと息を呑みながら、エリーアスは歯切れ悪く続けた。
「アヒムの父上にも止められなかったんです。もともとユニカの親は村の中じゃちょっとした地主だったし、そういうわけで金があるし、小者とはいえ貴族とも仲良くしてるしで……。アヒムにだってどうも出来なかったと思います。こういう言い方はどうかと思うけども、ユニカが両親から逃げるには――」
「もういい、やめよ」
「……はい」
 クレスツェンツに睨みつけられたエリーアスは、しゅんとしながら食事を再開した。彼に咎などあろうはずがないのだが、ほかにこの憤りをぶつける相手がいなかった。
 国の端々に目を光らせることなど、クレスツェンツには出来ない。親が子の命を売るという現実も、この世の中のどこかで起こっていることだろう。
 それを防ぐことが出来ないのは為政者であるクレスツェンツたちの責任で、ユニカはそうして取りこぼされた命の一つに過ぎないのかも知れない。
 しかし、為政者ではなく人の親として考えてみれば、売りものにするため我が子に血を流させることなど、とうてい許せることではなかった。
 しかし過ぎたこと、死んだ者たちに腹を立てても仕方がない。
 そうして冷静になったクレスツェンツは、エリーアスの話からふと気がついた。
 彼女は開いていたアヒムの日記帳を脇に置き、一緒に送られてきた便箋を広げる。
「エリー、お前、いつから村へ行っていない?」
「え? 五月の半ば頃かな」
「そのとき、村に罹患者は?」

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