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言葉を詰まらせたクレスツェンツは、唇を噛みながら身体を起こした。
もう、この人の傍にはいられないのだ。
一番悲しいのは、そのことかも知れない。
親友のほかにもうひとり、最もクレスツェンツを理解してくれていた人だから。
傍にいて、もっとたくさんのものを返してあげたいのに。
目尻に滲んできた涙を指先でぬぐうと、彼女は仕事に没頭する夫の頸を掻き抱いた。
「愛しい方」
それ以上に言葉は浮かんでこなかった。
伝えたいことは山ほどあり、胸にははち切れそうなほど様々な思いがこみ上げている。
けれどそのどれひとつとして、言葉にはならない。
夫の髪にしばらく顔を埋め、やがてクレスツェンツはゆっくりと彼から離れた。
「もう、よろしいのですか?」
「……うん。焼き餅を焼いたか?」
「……」
何とも形容しがたい顔になって、アヒムは眉を顰めた。しかし彼は咳払いをしただけで答えず、親友に向けて手を差し伸べる。
「お前の手を取れるというのに、こんなに寂しいのはどうしてだろうな」
「名残惜しくて当たり前です」
「そうか」
クレスツェンツはゆっくりと手を持ち上げ、アヒムに預ける前に、少しだけ躊躇った。
夫を振り返りかけて、やめる。
振り返っても、名残惜しさが消えるはずなどない。
だったら、少し離れたところでもいい、ずっと彼を見守れる場所にいようと思う。
ユグフェルトは、何かに髪を撫でられた気がしてふと顔を上げた。
「いかがなさいましたか?」
それに気づいた書記官が、不思議そうに訊ねてくる。
「いや……」
やけに赤い西陽の窓を振り返り、何かの予感に駆られたユグフェルトは席を立った。
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