dear dear

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夢中夢

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 強い眠気に襲われ、クレスツェンツはいつの間にか目を閉じていた。
 その直前、夫と話していた気がする。
 伝えておかなければならないことがたくさんあり、クレスツェンツは掠れる声で一生懸命に言葉を紡いだ。あまりにも必死な妻を見かねて、彼が「もう休みなさい」と言ってくれたのだった。
 そして、ほんのわずかな時間うとうとしていたクレスツェンツは、頭の中を霞のように覆い尽くす眠気が晴れていくのを感じ、ぱちりと目を開けた。
 二、三度瞬き、見慣れた自分の寝室にいることを確かめる。目の前には夫がいた。つい先程、きっとクレスツェンツが眠るのを見届けて出て行ったであろう彼が。
 もう戻っていらしたのですか。わたくしはまだいくらも眠っていませんよ。
 そう言おうとして開きかけた唇は凍りつく。
 夫は彼女の寝台の傍らに屈み込み、骨の浮き出たクレスツェンツの手を、潤いの失われた頬や瞼を労るように撫でている。
 クレスツェンツはその光景を、寝台の傍に立ち尽くして見ていたのだ。痩せ、骸骨のようになって横たわる自分と、彼女≠愛おしげに撫でる夫の姿を。
 不思議な眺めに理解が追いつかず、クレスツェンツは再び目を瞬かせた。そうしているうちに夫は立ち上がり、しばし無言で妻を見つめ、名残惜しそうに踵(きびす)を返した。
 寝台の傍に控えていた医女が道を譲る。彼は振り返ることなく部屋を出て行く。
「陛下……」
 クレスツェンツが呼び止めても、夫には聞こえていないようだった。
「王妃さま、お身体を清めさせて頂きますね」
 代わりに湯をはった洗面器と手拭いを持った医女が近づいてきて、そっとクレスツェンツが被っていた毛布をよけ、寝間着の前を少し開いて胸元や首筋、肩から腕を丁寧に拭いていってくれる。それを見ていたクレスツェンツは優しい手の感触を思い出し、自分の肩を抱きしめるようにしてさすった。
 ああ、そうだ。
 クレスツェンツが寝台からまったく起き上がれなくなってから、二週間が経とうとしていた。
 蘇った記憶に戸惑うことなく、彼女は溜め息を吐く。

 わたしはもう死ぬのだな、と。

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