天槍のユニカ



単純な願いの隣(20)

 もう一度差し出されるディルクの手。今度は矢車菊の指輪をはめさせるために待っている。
 その不敵な行動と笑顔を前に、ユニカは何度か口をぱくつかせた。
「ず、ずるいわ」
 先にほとんど≠受け取らせておいて、ユニカを助けておいて。これでは「いや」とは言えないではないか。
「俺だって断られたくはないからな。時期を見るのは当然じゃないか」
 ディルクには取り繕うつもりもないらしい。しかし、だからこそユニカの逃げ道は完全に断たれてしまった。相手が認めているところを批難しても仕方がないし、気が付かなかったことにも出来ない。
 それに、ディルクに対して報いる方法があるのならそうしたいとも思うのだ。
「それを受け取ったら、例えば、殿下の求婚を受けることになるのですか?」
「そうだ、と言いたいところだけど、そこまでは求めないでおくよ」
「では……着けているだけでいい?」
「着けていて、見る度に俺が諦めていないことを思い出してくれればいい」
 ささやかな、しかしユニカにとっては悩みの種にしかならない要望が付け加えられたが、断固として拒否するほどのことでもない。
 ユニカはもうしばらく躊躇したあと、ごくりと唾を呑みながら手を差し出した。
 いつぞや王妃の指輪をはめたときのように、ディルクの手つきはひどくゆっくりだ。サファイアと紫水晶で出来た花が中指に収まるのを見せつけられているような心地で、落ち着かない気分になった。
 ディルクは新たにユニカの指を飾った花をじっと見下ろすと、おもむろに左手ごとそれを引き寄せる。そして、ユニカからは彼の唇が青い石の花びらに押しつけられるのが見えた。ふっと皮膚を撫でる吐息の温かさに胸の奥がぞくりとうずく。
「今日のところは、これで満足しておくことにする」
「そうですか……」
 ユニカは微笑むディルクから顔を逸らした。膝の上では解放された左手を右手で覆い、けれど、指の隙間から新しい青金の指輪をちらりと盗み見る。
 すぐに叶えられるディルクの望みを叶えただけとはいえ、なんだか厄介なものを受け取ってしまった気がする。応えるつもりのない気持ちの証なんて――しかも、今度は一時的に彼の指輪を渡されたのではない、ユニカのための贈りものとして渡されてしまった。

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