天槍のユニカ



秘密の蓋(9)

「はぁ、もう。面倒くさいわよね男って」
 ディルクが黙ってしまったことに不満の溜息を吐きながらも、レオノーレはこの話を引き延ばさないことにした。さしものレオノーレも踏み込めないほど、ディルクが閉ざしている扉の鍵は強固だった。
「今はこれ以上言わないであげる。だから元気出して。嫌な思いをさせたお詫びに、今度ユニカと二人きりになれるチャンスを作ってあげる」
 そう兄の耳許に囁きかけ、レオノーレは楽しげに喉を鳴らして笑う。しかしディルクに反応は無い。
 その耳許に未だエメラルドのイヤリングが戻らないことを気にしながら、彼女はディルクの肩に頬をすり寄せ、機嫌良く甘える振りをした。


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 王を除いて、客人は九名。ディルクとユニカ、ユニカの付き添いとして参加したエルツェ公爵の他は、皆外交官と言ってもよい面々ばかりだった。ごく少人数の集まりだったが、会場は豪奢な広間に用意され、春めいた日差しが優美な黄金の装飾の類を眩しくきらめかせている。
 最奥の上座が王とディルクの席。王家側の席にはユニカとエルツェ公爵、続いてアーベライン伯爵、ベッセル新外相の順で上座から並び、公国側の席にはレオノーレ、ドナート伯爵、外交高官二人が向かい合う。
 ユニカの正面の席を与えられたレオノーレは、ディルクに手を引かれて椅子に着くなり、ユニカに向かってぱちりとウインクをしてみせた。広いテーブルを挟んでいるがお向かいさんで嬉しいわね、という言葉の代わりだったのだが、先方はただびっくりしておろおろと目を泳がせるだけだ。
 つまらないの。嘆息したレオノーレは、ディルクが遠ざかるのと入れ違いに近づいてきた気配を察知して、つんとした澄まし顔を作る。
「姫さま、いったい今までどちらに」
 副使のドナート伯爵だ。外交においては老獪さを発揮するこの古参の公国貴族も、きかん気の強い騎士姫のお守り役としてはなんの役にも立っていなかった。今朝も早々にレオノーレを取り逃がした彼は、内心冷や汗をかきながら使節としての仕事をこなしていた。午前中は、正使レオノーレの穴埋めもしつつ、向こう一年の、公国の鉱物資源輸出入量を決める会議の段取りを整えてきたところだった。
「どうかしら、伯爵。ユニカをこれほど間近なところで見るのは初めてでしょう? これくらいの距離で見るとなかなかの美人だと思わない? でももったいないわね。もう少し赤い口紅をつけた方が、意志が強そうに見えておどおどした印象もなくなるのに……」
 ディルクが求婚の件は他言無用と言うので、レオノーレは控えめに視線を動かし兄とユニカを見比べる。二人を並べてお似合いだと手を叩いてやりたいのだが、やはりユニカの自信なさげな表情が気になるレオノーレだった。
 今日のユニカの衣装もいけない。彼女自身にはよく似合う明るいスミレ色のドレスだったが、ディルクも同系色の落ち着いた上着を着ている。ここは女の方が派手でなくては。いずれユニカの衣装部屋に突撃してどんなドレスを持っているのかチェックしてやらねばなるまい。

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