天槍のユニカ



傷口と鏡の裏(16)

 わずかに身動ぎしたユニカを意識しつつ、レオノーレは舞台に目を戻した。
 ユニカは八年前のあの夏、多くの命を奪ったらしい。それもディルクから聞いた。けれど、そのあと兄と二人で話していたのだが、彼女らが奪った命の数に比べれば、桁が一つ二つ違う。
 当時の詳しい状況など、レオノーレが知るはずもないし、あまり興味もない。
 ただ、疫病の中にたった一人だけ、その病を治せる少女がいたとしたら。どんなことが起こり得るのか、レオノーレには想像することが出来た。
 人は奪い合う生き物だ。己の命がかかるとなれば、理性も何も無くなる。例えば他者の生命であろうと、自分が生きるためならば奪い取る。
 ユニカは知らないようだが、レオノーレもディルクも、そう言う世界で嫌と言うほど返り血を浴びてきた。
 自分が、仲間が、生きて帰るための可能性を、それがどんな小さな光の粒で、敵の手中にあるものでも、必要だから剣で奪い取ってきた。
「別に、生き延びようとした者たちの中で、ユニカ様が一番強かっただけの話でしょう」
 うつむいていたユニカが肩を跳ね上げる。
「だから気にするな、忘れろと言いたいわけではありませんわ。ユニカ様がすべきことは、とうに死んだ者たちのために怯え、自分を貶めて、謝罪の代わりに自分を孤独に追い込むことではない――とわたくしは思います。あなたはたくさんの人に守られているのに、そうして自分の殻にこもっているばかりでは、その方々に何も返してあげられませんのよ? ずるいとは思いませんか?」
 大げさに芝居の緊迫感を煽る音楽は、二人の間に張りつめた空気にはまるで合わなかった。
 ユニカはうなだれたままである。
 こんなことで、思い悩む人間もいるのだな。レオノーレなら、瞬時に自分がすべきことを見つけ出せるというのに。
(でもまあ、考えようとするだけ、心が死んでいない証ね)
 だから、いずれ彼女は顔を上げるだろう。レオノーレはそう思った。
 けれど今のところ、ユニカが王家と大貴族の庇護を最大限に活かし、何らかの力を握ることが出来るかどうかは分からない。
 将来はシヴィロ国王になろうというディルクが妃に望めるほどの才覚があるようにも見えないし、王族の婚姻に関して特に神経質になりそうな兄にしては、求婚はちょっと話が飛びすぎている気がする。
 まさか、遊び暮らしている間に、好いた惚れたで妃を選ぶような馬鹿になったのだろうか。
 久しぶりに話したディルクの意図が未だに読めず、レオノーレは内心首を傾げた。






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