天槍のユニカ



傷口と鏡の裏(15)

「そうなんですの? どうして? 王太子からの求婚なんて美味しい話ではありませんか。もしかしてディルクのことが嫌い?」
「そういうわけではありませんけど……」
「じゃあ、なぜ?」
 レオノーレの瞳は、ひたすら怪訝そうにしてユニカの答えを待っている。
 ユニカは困った。これは、自分の出自を語るようにし向けられているのではないだろうか。そう邪推してしまう。
 しばらく答えられずに黙っていると、公女はふっと笑って扇子を閉じた。
「ユニカ様は確かに本当の王族ではいらっしゃらないけれど、あまり気にすることはないと思いますわ。わたくしだって似たようなものですもの」
 え? と問い返せば、レオノーレはいつもの自信に満ちあふれた笑みを浮かべている。
「ディルクだって、エイルリヒだって同じ。みーんな偽物。でも形さえ整えばうまくいくのですわ。ユニカ様は正式な手続きを経て王家に入られたわけだし、もっと偉そうな顔をなさればいいのよ。そして身分に見合った自分の役目を見つけられればそれでいいの」
 不適な笑みを浮かべていても、レオノーレの視線はどこか厳しい。ヴェールの向こうに見えていてもそう感じるほど。
 似たようなもの、みんな偽物。どういう意味だろう。
「血筋に引けめを感じているから、ディルクの求婚を受けないのでしょう?」
 呆気にとられ黙っていると、彼女はユニカのヴェールを持ち上げて顔を覗き込んできた。
「そ、それもありますが、」
「では、他にも理由が? 『天槍の娘』だから?」
 慌ててヴェールを引き下げようとしたが、レオノーレはそれを阻んだ。
 ユニカはぐっと息を呑む。でも、大丈夫。これはきっとディルクが与えた情報だ。驚くことはない。
「そう、です」
 ユニカが『天槍の娘』と呼ばれていることを確かめたのなら、ユニカが故郷を焼き尽くし、そこにあったすべての命を奪い、だと言うのに罰の一つも受けずに王城に在ることも知っているのだろうか。
 そう思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。
 こんな娘が、王太子妃の座につくなどもってのほかだ。それどころか誰と寄り添うことも赦されないはずだ。
 誰かに守られたり、誰かと一緒に芝居を見たり、食事をしたり、明るい笑顔を交わしたり。そんなことも、赦されてはいけないのだ。
 薄暗い中でも、レオノーレにはユニカの表情が悲痛に歪むのが見えた。こんなに動揺させるつもりは無かったのだが。やれやれ、繊細な娘だ。
 彼女は摘んでいたヴェールの端を放し、今にも泣き出しそうなユニカの顔を隠してやった。
「わたくしはユニカ様の噂のほとんどを信じていませんでしたけど、不思議なこともあるのですね。噂が間違っていないなんて」

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