天槍のユニカ



惑いの花の香(13)

「それは今日から巻き返す。顔色は悪そうに見えるかも知れないが見くびらないでくれ。これでもウゼロにいた頃は騎士として戦場に出ていたんだ。矢が刺さったことくらいあるし、こんなにゆっくり養生できる環境じゃないところでひたすら耐えたことを思えば、随分ましなんだぞ」
「そういう問題ではありません! そうじゃなくて、」
「血に効果が無かった、ということは、君の出した条件は無効だな?」
 一瞬、ディルクの瞳がいつものように美しい輝きを取り戻したように感じた。何のことか分からずにユニカは押し黙る。きゅ、とディルクの手に力が籠もり、ユニカは初めて彼に手を握られていることに気づいた。
「二度と、君を庇って怪我をするような真似はしないという、あの条件」
「あんなの、条件というか、あなたが王太子として心がけねばならないことです。助けて頂いたことにはお礼を言いますが、本当に、ここまでにして下さい。私のことよりも、殿下は国のことを見つめなくてはいけないはずよ」
「あはは、上手いことを言う」
 間近にあって、じっとユニカの姿を映していた青緑の瞳が笑みに隠れる。それにほっとしたのも束の間、ディルクは振り向き、傍にいたティアナを視線で追い払った。
 彼女が侍女たちの手伝いに混じっていくのを確かめてから、彼は無造作に背へと流れるユニカの髪に、項から指を差し入れてくる。
「君を害する者が現れたら、私は盾にも剣にもなるつもりだ。西の宮へ戻っても心配することはない。信用できる騎士を選んでおいた。私も時間があれば顔を出すよ。陛下には内緒だが」
「……何故そんなことを仰るのですか。私はこの城にいてはいけない者かも知れないけれど、ここで静かに待ちたいのです。でもあなたが関わると、どうしても人目が集まるし、」
 髪の間を滑っていく指の感触がくすぐったく、思わず息を呑む。ディルクはそんなユニカの反応に満足したように目を細め、肩口からするりと引き寄せた髪の先に口づける。上目遣いにユニカを見つめたまま。
「理由を知りたいか?」
「……ええ、ぜひ。どうしてそんなに聞き分けがないのか、私が納得できる理由があるのなら教えて頂きたいわ」
 ユニカはディルクの指に絡んでいた髪を引っ張り、するりと抜き取りながら言う。その髪がディルクの指を完全に離れた直後だ。
 突然肩を引き寄せられ、彼の瞳の色が視界を覆ったように感じた。驚く間もなく、唇に柔らかいものが押しつけられる。
 それがディルクの唇であったと分かったのは、彼の顔が見える距離にまで離れたあとだった。








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