天槍のユニカ | ナノ



蝶の羽ばたき(8)

 ぐったりして毛布を引き寄せていると、ルウェルは黙ってディルクの足下に転がっていたクッションを投げて寄越した。ユニカに貸し出していた、昼寝用の大きなクッションだ。
 ディルクはふと口許を綻ばせてクッションを抱きしめ、うつ伏せになって毛布に潜り込んだ。これはソファで昼寝する時にも使えるが、怪我をして寝返りを打ちづらい時にも重宝する。もともと、そういうつもりで乳母が作ってくれたものだった。
 慣れ親しんだそのクッションには、ユニカが使っているうちに彼女のまとう不思議な匂いが移ったらしい。何の香りとは表現できない、薔薇のような、ムスクのような、うっとりと意識を持って行かれる匂いがした。休むにはちょうどいい。
 短くとも明日か、明後日まではこれの世話になることになりそうである。動けないのは仕事が溜まって痛いところだが、重傷は重傷で使いようがあった。
「ティアナ」
 ディルクの服を拾い集めていた彼女は、それを抱えたまま主の枕元へやって来る。
「ユニカの様子を覗いに行ってくれ。ついでに、フラレイにでも俺の具合を吹き込んでおいて貰おうか。俺はユニカのことをたいそう気にかけているが、起き上がって見舞いに来ることも出来ない、とても心配している、とでも」
 なんとも曖昧で、心配を煽る言い方である。お喋りで、ディルクとユニカの関係に注目しているらしいフラレイの耳に入れば、彼女は何倍も大袈裟に解釈して騒ぎ立てることだろう。ユニカがそれをどう受け止めるか、楽しみなところである。
「お見舞いの品は、何かご用意しましょうか」
「適当に。任せる」
「畏まりました」
「それから、当面の事後処理はラヒアックに任せてあるが、何か尋ねてきたら……」
「お通しいたしません。殿下のお怪我は決して軽くはございません。数日のうちは、無心に、ひたすらお休み下さい。矢傷は見た目に反して深く治りづらいものです。戦場をご存知の殿下なら、百もご承知のことでしょうが、敢えて申し上げさせて頂きます」
「……分かったよ」
 血で汚れた衣類を持って出ていくティアナを見送ってから、ディルクは枕に顔を埋めて溜め息を吐いた。
「仕事のことなんか忘れて寝とけよ。痛えし、くらくらするだろ?」
「ああ……」
 事後処理を近衛隊長に任せてきたとはいえ、ことは彼一人の判断で処理できる範囲を超えているはずだった。何しろ結末だけを言うなら、公爵家を一つ廃絶に追い込むことになるのだから。大逆罪に問えるとは言え、相手は王家と血縁のある大貴族。今日明日のうちにチーゼルを処刑してめでたし、とはいかない。少なくとも小議会に参加できるすべての当主の承諾を得つつ、諸々の処理を進めることになるだろう。ついでに、ユニカに反感を持つ者達を共犯者として検挙し、王城から一掃したい。
 王が黙って見ているとは思えないが、一連の出来事の収束は王太子に任せる、というのが王の態度だ。あまり長く寝込んでいるわけにもいかないなと思う。
 それに、怪我をした時の夢見は決まって悪い。あまり眠りたくはなかったが、痛みを和らげる薬は眠りをもたらす薬でもある。

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