天槍のユニカ



蝶の羽ばたき(7)

 王にも念のため防具を着けて万が一に備えるよう頼んであったが、それが役に立たなかったのは何よりだった。
「よぉ、怪我したんだって?」
 寝間着に袖を通していると、相変わらず腕を吊したままのルウェルがやって来た。怪我で休養中の彼は近衛の制服も着ていない上に、寝起きのままで髪もひょんひょん跳ねている。剣だけは腰に吊しているが、それではまるっきり武器を持った不審人物だった。その格好で、よく王太子の住まいに入り込めたものだ。
「ライナに会ってきたぜ」
 ルウェルは身形を注意される前に、ベッドの縁に腰掛けそう言った。
「話せたのか?」
 ディルクは意外そうに目を瞠る。ライナは六日もの間眠り続けていたのだ。衰弱しきっているはずだが。
「あっち行けって言われた。またすぐ寝ちまったよ。あいつ絶対怒ってる。復帰されるとすげー気まずい」
「彼はそういう性格だ。お前に斬られるより先に」
「斬ってない斬ってない。刺しただけだって」
「……その前に、自分が上官の命令に背いたことも覚えてないんだろう。処罰してやりたいところだが、彼が望むなら近衛に戻って貰うぞ」
「ええ? なんで」
「馬鹿が。お前が穏便にライナを押さえられなかったからだろう。お仕置きが嫌なら黙ってろ」
 ライナが再び近衛隊に戻ることを望むかは分からないが、もし彼が望んだ場合、叶えてやらざるを得ない。まだはっきりと抗議されていないが、王府の高官であるライナの父は、自分の息子に生死を彷徨う重傷を負わせたルウェルにも、何らかの処罰を求めてくるはずだ。確かに、ルウェルはやり過ぎた。
 ことを収めるには、二通りの方法がある。徹底的にライナの一族を敵に回し朝廷から淘汰する方法。これは時間も労力もかかりすぎる。もう一つは、「何も無かった」ことにする方法。ライナが王太子の命令に背いたという事実も、それ故にルウェルがライナを負傷させたという事実も無いことにするのだ。
 この同意を得るのにどれほどの代償を支払うことになるかと思っていたが、折しも、外務大臣の席が空く。ライナの父は、チーゼルの下で働く副大臣だ。新年も近い今、各国の使節をもてなす外相の席を空けておくことは出来ないし、外相の役割をよく把握しているライナの父を推挙する、という人事案にまったく不自然な点が無い。先方にとって悪い話ではないので断られはしまい。
 加えて騎士たる息子が、騎士にあるまじき間違いを犯したことを表沙汰にしなくて済むのなら、恐らく口を閉じてくれるだろう。更には、外相への推挙を皮切りに、ライナの父とは仲良くしていきたいものである。
「げぇ、ヤだなぁ」
 ルウェルはあからさまに顔を顰めたが、ディルクは取り合いもせずに痛みを堪えながらベッドに横たわる。薬が効いてくるのを待つしかないが、とにかく痛い。ルウェルの愚痴を聞いてやる余力も、そろそろ無くなってきた。

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