いてはならぬ者(12)
先日ユニカが落とした豪華な絹のストールも、最近王から貰ったものだった。
「賤しい生まれのくせに、自分に宿った特別な力をだしに陛下に取り入って、国庫の財を思うままに使っているようなものです」
リータは、ユニカがディルクの興味を引いているところも面白くなかった。何も知らない彼には、ユニカが自堕落でつっけんどんで可愛げのない女だとよく言っておかなくては。
「これは聞いた話なんだが、西の宮にいる娘は、ブレイ村の滅亡に関わったあの娘≠ネのか?」
ディルクにビスケットを取ってあげようと手を伸ばしていたリータは硬直した。
「ご存じでしたの?」
「大きな事件だったからな。噂にもなる。病が公国までくることはなかったが、対応のためにハンネローレ城も随分浮き足立っていたよ」
「恐ろしい病でしたもの。肌も口の中もただれて、血の涙を流しながらたくさんの人が亡くなっていったとか……」
心細げに声を震わしてディルクにすり寄ってみると、彼はくすくすと笑いながら肩を抱いてくれた。
八年前の初夏。シヴィロ王国の南東、海辺のジルダン領邦から爆発的な勢いで疫病の流行があった。海運業者の間から始まったその病は、恐らく船で運ばれた新しい病であろう。
高熱と発疹に始まり、やがて発疹が破れて爛れ、それは口腔内や目に及ぶ。爛れた箇所からは出血が始まり、炎症で腫れ血走った目から血の涙を流し始めれば、それが末期症状だ。
疫病は王国の南部を流れるフロシュメー川南岸を遡るように西北西へと流行を広げ、王都アマリアへ迫った。
関門の封鎖措置は物流を麻痺させ、なおかつ疫病の侵攻を食い止めるには至らない。封じ込めに失敗したことに気がついた王都が恐慌状態に陥りかけた頃。
病は突然消えた。ある日を境に、急激に終息していった。
ある日とは、疫病の罹患者がジルダン領邦の西、ビーレ領邦で確認されたという報せがあってから、ふた月が経とうとしていた頃だ。
その日の夜、ビーレ領邦の中でも南の国境に近いブレイ村に、無数の雷が落ちた。天の槍≠ェ、村を焼き尽くしたのである。
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