天槍のユニカ



いてはならぬ者(11)

「あ……」
 腰に添えられたディルクの手が、時折思い出したように動く。その力加減がなんともいえない。ただ撫でさする手つきでもなく、強く身体を引き寄せるほどでもなく。
 そのたびにリータがぴくりと震えて話をやめると、ディルクはくすりと笑うのだ。悪戯のつもりなのか、すっかり彼の調子で楽しまれているらしい。もちろん嫌ではない。
「それで?」
 甘い声で先を促され、リータは一つ頷いてからまた口を開く。
「陛下が、あの方の血を毎晩ご所望だというのは本当ですわ。いつも就寝前に医女が血を採りに来ますの。それさえなければ、と嘆いていらっしゃる廷臣の方々は多いでしょうから、すぐに殿下のお耳にもそんな声が届くのではないでしょうか」
「そうか……どのような賢君でも反目する臣下はいる。そうした者たちが立てた噂だと思っていたが、君が見ているなら本当なのだね」
 ディルクが物憂げに足許を見つめる横顔にも、リータはうっとりしながら見とれた。
 見つめられるのもいいけれど横顔も素敵だわ。でも、
(もう一回キスしてくれないかしら……)
 リータの視線はディルクの唇へ降りていくが、また彼がこちらを覗き込むように見つめてくるので慌てて顔を反らす。今のは恥じらうような仕草でちょっといい感じ。顔に出さないよう気をつけながら、リータは心の中でにまにまと笑う。
「しかし、その娘も哀れだな。西の宮にずっと囚われているということだろう?」
「囚われてなんて」
 リータはつい声を尖らせてしまった。はっとなってディルクの表情を窺うと、案の定、彼は目を丸くしている。
 気まずく思って視線を泳がせると、続きを促すようにディルクの右手が膝の上で重ねられていたリータの手をそっと撫でる。びっくりして一瞬息が詰まるものの、自然と愚痴がこぼれた。
「あの方は、王家の一員のように贅沢な暮らしをしていますのよ」
 ユニカに与えられた西の宮は、かつて王の妹でありディルクの母にあたる王女が住まいにしていた宮だった。
 大庭園が近く、温室や図書館へも通いやすい。王女のために作ったのだろう、広くて明るい浴室もある。調度類も王家が使う品格のものを使用し、ドレスや化粧道具、珍しいお菓子の類がユニカの部屋からなくなることはない。

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