天槍のユニカ



いてはならぬ者(9)

「ついでなので、あのまま風邪でもひいて貰いましょう」
「それがいい。兄上から少し遠ざかってくれればありがたいですから。そのうち始末も考えなくては、ですけど」
 エイルリヒはカミルが手をつける前だったケーキを掴み、乗っているジャムを見つめてえ笑いながら幸せそうに齧りついた。
「まぁ、お行儀の悪い」
 カミルの人事は、ディルクやエイルリヒにとってはまったく予想外だった。普通に考えれば死んだ王子に仕えていた侍従を新しい世継ぎに宛がったりはしない。しかしどうもカミルの親族をたどると王家の家令に繋がるらしい。その伝手で王子付きを続投することになったようだ。
 馬鹿なので使えない排除しようとエイルリヒは主張したのだが、ディルクはカミルの馬鹿正直さを侮ってはいけないと言うので、今は排除するか取り込むか様子を見ているところである。
「ティアナ、このジャムはもしかして、」
「はい、いつかお手紙に書いてくださっていたように、ブルーベリーのジャムに林檎のジャムを混ぜてみましたの」
「嬉しいな、僕のことはなんでも覚えてくれていますね。ねぇ、やっぱり一緒に公国に帰りましょう。年が明けたら僕の成人の儀礼があります。同時に結婚式も挙げればいい」
 つい数日前に、つまりディルクの入城の日に対面を果たしたこの二人は、実は大公が内々に決めていた婚約者同士だった。公表されていないので、ディルクすらそのことを知らなかった。
 ティアナの父・イシュテン伯爵は、シヴィロ王国の廷臣でありながら古くからの親ウゼロ派貴族である。ウゼロ大公とは個人的にも親密で、娘は大公の子と妻合わせるつもりでいた。大公もそれを諒承し、結果、成立したのがエイルリヒとティアナの婚約である。
 二人は互いに婚約を知ってから、それぞれの親に内緒で手紙をやり取りしていた。ゆえに数日前にようやく対面を果たした仲とはいっても、互いのことはよく知っている。
「わたくしはエイルリヒ様と大公様からおおやけの手続きを経てお呼びいただき、華々しく嫁いでいくのが夢ですわ。その夢ごと、わたくしを攫ってしまうおつもりですの?」
「派手に迎えにくるのもすごく楽しそうですけど……ティアナはもう十七才です。求婚されたこともあるんじゃありませんか? 誰かにとられないかと心配なんです」
「ご心配には及びません。そんなことは父が許しませんわ。もちろんわたくしの心も」

- 26 -


[しおりをはさむ]