天槍のユニカ



いてはならぬ者(8)

 リータは、確かあの娘&tきの侍女の一人だった。名前くらいしか知らないけれど、ディルクに近づけるのは少々まずい。
 と思うのも、ディルクが入城する前日、カミルは王から直々に頼みごとをされていたからだった。ディルクが西の区画へ立ち入らないよう、またあの娘≠ニ接触しないよう気をつけて欲しいと。
 ティアナもあの場にいて同じ頼みごとをされたはずなのに、なぜ彼女はあっさりとあの娘≠フ傍にある女官をディルクに引き合わせたりしたのだろう。
 頼みごとに答えられなかったからといって、王は二人を罰したりしないだろうけれど、
(落胆されるだろうなぁ……)
 そしてきっと自分やティアナ、二人の人事を決めた王家の家令の株も下がる。
 考えている内に胃がむかむかしてきた。緊張で内蔵が全部縮こまっているような感じがする。
「カミル、顔が青いわよ」
「う、ちょっと、胃が」
「いやだわ、わたしのお菓子のせい?」
「違うでしょう。僕はなんともありません。どうせもうしばらく待っていなくちゃならないわけですし、気分が悪いならそこのベンチで横になっていても構いませんよ。兄上が戻ってきたらきちんと断って休みなさい」
 エイルリヒの前でそんな真似は出来ないと思ったカミルだったが、ティアナが膝掛けを広げて用意し始めるし、まだ一言も喋ったことのないマティアスまでもが、自分の上着を毛布代わりに使えといわんばかりに脱いで押しつけてくる。
「お仕事の重圧もあって疲れているのよ。殿下がお戻りになるまでの間だけでも寝ていたら?」
「……では、殿下のお戻りに気づいたらすぐに起こしてくださいね。エイルリヒ様、申し訳ありません、失礼いたします」
 マティアスから上着を借りると、カミルはよろよろと四阿の外にあるベンチへと歩いて行った。そしてそこに腰掛けた途端、ぱたりと倒れる。
「本当に、ただの眠り薬ですか?」
「身体に合わなかったのかも知れません。もともと緊張が続いて疲れているのは本当のようでしたし、体調もよくなかったのかも。ごめんなさいね、カミル」
 ティアナはずり落ちかけた同僚の身体を巧いことベンチに乗せ直して、彼が落としたマティアスの上着を拾い、そのまま戻ってきた。

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