詩の朗読





緑月赤の週10日。
私がこんな生活を初めて40日目。


空は晴れ渡っていて、洗濯日和だ。



「んー……確か、あの本の解釈は、
ジェルジュの韻を踏んでるとか言ってたっけ。
そしたら、ジェルジュを借りて読むかな―」



パタパタといつものように図書室に足を向ける。



借りたティパーリンの本の内容は殆ど読み終わって、モゼ―ラとの勉強会は終了した。


出来れば、その後も勉強の手助けを継続して欲しいな―なんて
甘い期待はあっさりモゼ―ラ自身に打ち切られる。



「読み終えて良かったですね。では、これからは私でなく、
専門の先生に教わった方がよろしいでしょうから」



そう言って、今朝フラれたばっかりだ。
……うん。これは友人ですらないね。私、泣かない。



今は古典と小説、詩人をかわるがわる読んでいる。


読んで分かるようになったけど、私に貸してくれた本は全部初級編だった。
弁論法も修辞法も、優しい言葉で書かれていて、納得しやすい。



ティパーリンの本にしても、ティパーリンの全集の中で一番解釈しやすく、
初めての人にオススメするような本であると
モゼ―ラから言われている。



「謎男さんは意地悪だけど、気のつく良い人だ。
先生は、専門家すぎて専門書引っ張り出してくるからなー」



ちょっとげんなり。
まあ、最近は字が読めるし、解釈の仕方や古典が分かれば
専門書も面白いのだと分かってきたけど。



そんなことを思いながら、モゼ―ラの姿を探す。



入り口近くのカウンターや、近場の本棚を整理してたりするんだけど……。
辺りを見回してみても、いつもなら数人はいる利用者もいないし、
少しだけ埃っぽさが臭う。

何だろう。
数歩先の本棚から先が、もうもうたる煙で視界がはっきりしない。
うわ……っと、私は声を上げかけて一緒に埃も吸いこむ。


「げほっげほっ」


真っ白の世界の中、何とか見える書架はからっぽで、机にも床にも
本がうずたかく積まれている。
ゲームでは簡単に書かれていたけど、実際見るとかなり酷い有様だ。


入り口はまだ普通だったのに、ここから先はキープアウトでもしなくては
いけないかのような本の海。

本と本の山に埋もれるように座って何か書付をしている焦げ茶の頭を見つける。
私の目線にか、むせた声にか反応して、モゼ―ラが立ちあがった。



「すいません、現在整理中で……あら、レハト様」

「大変みたいだね……」


苦笑していると、モゼ―ラも少し埃に塗れた顔で
苦笑を返してくれる。



「申し訳ありませんが、見ての通り、今は入室をお勧めできない状態です。
いえ、ちょっと並べ直そうかんと思って始めたら、ついつい……」


彼女のついついは、情熱の火薬だ。
ついつい……であれもこれもとなるところは、よくもあり悪くもある。
まあ、今回に関しては、綺麗になるのと目録に書きつけるのが同時進行だから
後々の為には凄く良いことなんだろう。


本当は手伝ってあげたい所なんだけど……。
手伝うと、愛が上がってしまうんだっけ。


残念ながら、モゼ―ラに愛情を抱いている訳ではないし、
友情以上の感情を持たれてもお互いに不幸でしかない。


そう判断して、私は本を借りるだけにする。



「ジェルジュの本ってあるかな……出来れば、あんまり難しくないのが
良いんだけど……」


そう告げると、モゼ―ラは真面目な表情で頷く。
この仕事をしっかりやるという目だ。


「承知いたしました。では、御本をお持ちいたしますね」


モゼ―ラは埃の幕の中へと姿を消す。
少しもしないうちに彼女は戻ってきた。


「お待たせいたしました。
こちらで間違いないでしょうか?」


出してきてくれたのは、ジュルジュの本の中でも韻が素敵だと有名な本だ。
詩を書くならば、まず読めと言われるような導入本ともいえる。


「そう!これこれ。凄いなーモゼ―ラは。
こんな本の山からよく見つけ出せるねっ」

「ふふっ、それが仕事ですから」


笑う彼女から差しだされた本は2冊。
もう一冊は、聞いたこともない小説本だ。
首を傾げて見上げると、モゼ―ラが少し悪戯が成功したみたいな笑みで笑う。


「宜しければ読んでみて下さい。私のお勧めです」

「あ、うん。ありがとう。読んでみる」


モゼ―ラのお勧めなら間違いないだろう。
私の好みはこの5、6日ばかり朝に昼に晩にと付き合わせたせいで
バレてそうだし。



「ばたばたしており、申し訳ございませんでした。
今日中に整理は終えてしまう予定ですので、明日からは普通に
お使い頂けます」


「……うん。頑張ってね」

「はい。またお越しください」


少し頭を下げたモゼ―ラに手を振って、私は図書室を後にした。











さて、この本をどこで読もうかな。
部屋に戻っても良いし……中庭も気持ちよさそうだなー。


図書室を出て、ぽてぽて歩く。
今日は本当に良い天気だ。


「〜〜♪〜〜♪〜〜♪」


左右に揺れながら歌う。
こんな日に恋人と手を繋げたら良いのに。
そんな気分を反映したような恋の歌。


少し先の中庭には、数人の人がいるが、小声なら聞こえないだろう。
ふんふんふんと機嫌良く歌を歌って歩いていたら、角を曲がってくる人影。
ぶつかってはまずいと
チラっと見上げれば、端正な顔立ちと目が合った。


「げ、最悪」



何でここで会うのか。
ああ、図書室か。私の後ろにある図書室が目当てか。


彼が抱えている本と彼の顔を見て、納得する。

無駄に修辞法と弁論法を活用してますよねー。ほんと。
馬鹿にする言葉しか使わないくせに、この王子は。


そう思いながらも、まーた絡まれるのか面倒くさいなぁと
眉根を寄せていれば、彼も眉を寄せて近づいて来た。



「……こちらの台詞だ」



嫌そうにタナッセは吐き捨て、私が持つ本と少し後ろにある
図書室の入り口とを見比べると、
首を傾けて鼻を鳴らした。



「田舎者が、そぐわぬところにいるものだな」



図書室と私が似合ないってか。
この間の文官といい、どいつもこいつも……。



「慌てて詰め込もうとも、そもそも限りのある頭では
さほど入らないだろうに。
お前の耳からぼろぼろ文字がこぼれ出ているのが良く見えるぞ」



見えるのか。そいつぁすげぇや!はっはー!
……ってンな訳あるか!


お前は特殊な設定を持った少年誌の主人公か!




そんなことを思いながらも、無視だ無視、と言葉を受け流す。
段々と目が細くなってしまうのは御愛嬌だ。
私は、こっそり拳を握ったり閉じたりして準備運動を始めた。



さて。いつ本を投げつけてやろうか。



「だがまあ、学ぶ姿勢を見せるだけ、ヴァイルよりはましと言えるか。
文字ぐらいは読めるようになったのか?
試しにこいつを朗読してみろ」


少しだけ柔らかな響きを持つ声で、
タナッセが手に持っていた本を放って寄こした。
顔に向かって投げてくるとは、こいつは根っから鬼なんだなと思いながら
パシッとキャッチする。


まるで、私が文字を読めなかったことや、その後読めるようになるか否かを
心配してるかのような言い方だけど、きっと嫌味だろう。


こいつが好意的に接する理由が無い。



タナッセが寄こした本は、ティパーリンの少し太めの詩集だった。
よし。角で殺したらまずそうだから、一応広い面にしよう。
そんなことまで気をくばれる私は、なんて優しいのだろう。

避けられる可能性も減るしね。


と考えてから、一番の心配を思い出した。

モルだ。
モルはどこにいるのだろう。


辺りを見回すと、その顔は直ぐに見つけることが出来る。

タナッセよりも頭数個分大きな体。タナッセから1m程離れているが、
あれでは本がぶつけられるまえにモルガードが入りそうだ。


モルに防がれたら事だ。
威力は減るけど、スタスタと少しばかりタナッセに近づく。


「……なっ、なんだ。それ以上近づくな。
わ、私は別に、そ、そういう……」


何をウダウダと喋っているんだろう。
急に挙動不審になったタナッセの頬が何故か少し赤い気がする。
意味が分からない。


「…………」


気合い一呼吸。
ふぅとため息をついた後、両手で抱えて、右手で持って。
後ろに引いて。目標に目がけて。



「そいやッ!」


振りかぶって投げた。


ドカッ。

1m少しぐらいしか間の開いていない相手の顔面にべっしんと、
その本は張り付き、ズルリと落ちた。
うん。……良い音がした。



「き、貴様、何をする!」



不意打ちを受け止め損ねたタナッセの額が赤く膨らんでいる。
あちゃー。ちょっと角が当たったのかな。失敗失敗。
まあ、ざまぁって感じではあるんだけど。


あれ。ここ人通りあんまりないな。
ここで吹き出す人がいないとタナッセ逃げないんじゃない?
説教コースはいやだ。
私はこれから、借りた本を読むという予定がある。



そう判断した私は、とりあえず
タナッセの顔に向かって指を指し、


「はっ」


鼻で嘲笑ってから、ダッシュした。



「…………!」



何かギャアギャアと後ろで聞こえたような気がするけど、知らない。








今日は何だかすっごく充実した一日だった気がする。









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