【Vside】2人目




来るのを待ってたんだ。



ずっとずっと。
諦めてて、それでも、もしかしたらって。



どんなやつだろう。



名前は? 性格は? どんなものが好き?
どんなものが嫌い? 何をして遊ぼう?
俺のこと好きになってくれるかな?


ずっと、城にいてくれる、かな。





印が二つになったんだから、王も二人でも良いのに。


そう言えばタナッセは、馬鹿なことを言うなと
声を上げて言う。

はいはい。そうだねと表面上は頷いて
その理屈も分かった上で、二人の王様もあながち悪くない。


タナッセには言えないけど、俺はそう思ってる。


そいつが俺と同じ位、優秀で王になりたいってなったら、
二人の王様になるんじゃないかって。






そいつと初めて会ったのは、ここが自室だと侍従が案内してくるのを見た時。


同じ年。名前はレハト。
茶色の髪に、緑の目。


どちらかと言えば女っぽい印象を受ける綺麗な顔立ち。

それは、少し長めの髪が肩についているせいか、
本人が醸し出す雰囲気なのかは分からない。
壁の近くの村で育ったとは思えないほど、どこか不思議な雰囲気のある奴だと思った。


俺と目が合うと、彼の目元がふっと緩む。


あ。見られてる。


誰もが俺を見る時、その視線は上に一度上がり、目に戻るのを知ってる。
何度も体験したことだ。
でも、今は。



俺も同じように、彼を見る。



温かい光を称える額。
紋章のようなものが浮かぶ円。


ああ、これは選定印だ。


俺よりも小さな背丈。華奢な体。
何だか不思議な感じだ。


伯母さんの印も俺の印も、何度も見たことがあるのに、
それ以外の人の額にあるのが、すごくすごく不思議だ。


こすったら消えたりしないよね?


少し本音の混ざった確認。
嫌がられるか、笑われるか、怒られるか。
それによって相手の性格も分かる。

打算も含めた言葉に、レハトはふっと微笑んで頷いた。


どうやら、好意的に取ってくれてるみたいだ。
そのことが嬉しくて、俺は彼に手を差し出し名前を告げた。




「俺、ヴァイル・ニエッナ=リタント=ランテ。よろしく」


差しだした右手に、右手を重ね
彼は、しっかりとその目を見つめて言う。


「私は、レハト。
噂の二人目ってやつ。よろしく」


試すような大きな目。俺を見上げる奴なんて殆どいないから
少しだけドキッとしたけど、それを隠して笑う。



こいつは面白い。
きっとこいつがいると、楽しくなる。


そんな予感がする。








レハトは、王になると言った。



毎日、剣の訓練をしてるようで、訓練場での噂話に彼は事欠かない。


「最初はどうなることかと思ったが、
最近じゃ新人をぶっとばすこともあるんだぜ」

「へぇ〜そりゃすげぇな」


そんな衛士たちの噂を耳にするにつけ、
頑張ってるなぁと嬉しくなる。


別に、頑張らなくたって、
ただ城にいるだけだって構わないといえば構わないんだろう。


でも、折角来たんだから 王になろうとして欲しい。
俺のライバルで、友達になってくれたら。


……そう、それだけだって、嬉しい。


期待しそうになる心を押さえこんで、グッと剣を握る。
時々、自主的にこうして練習してるのに、体は細いままで
疲れてくると、剣の重みに負けかねない。


俺も負けてらんないな!


ブンっと素振りを繰り返して、頑張ってる彼を思った。











ドンッ。


「おわ……!?」


何かが角から飛び出してきた。
そう認識するよりも体が傾くのが先だった。

相手の驚いたような声が聞こえて、瞬きをしていたら天井が見えた。
どうやら、ぶつかった衝撃で寝転がってしまったらしい。


「大丈夫ですかっ」


聞こえた声に平気、と返そうとして相手が誰だかを知る。
俺よりも小さな背丈。肩までの茶髪。
緑の大きな目には、うっすらと涙が溜まり、眉が垂れさがっている。

……泣いてる?


そのことにびっくりしながらも、泣くまいと歯を食いしばるような
笑みを浮かべかけて失敗したかのような顔をするレハトに、
違う言葉を掛けた。



「レハトじゃん。なになに、誰かとおいかけっこでもしてた?」


キョロキョロと辺りを見回す振りをすれば、
レハトは、ほっとした様子で息を吐く。


やっぱり知られたくないみたいだ。


きっと、どこかの貴族に嫌味を言われたんだろう。
そんなのは容易に想像がつく。

ポッと出の彼は、何も持っていない。
知識も、経験も。後ろ盾すら無いのだから、言いたい放題だ。
それでも、武勇の訓練を衛士に褒められる程にはなっているのだから、
サボっているわけじゃないだろうに。


見ず知らずの奴にムッとしながら、彼の手を引く。
びっくりするほど、小さい。そして冷たい。

いつもは、俺が包まれる側だったのに、俺よりも小さい手を包む側になるなんて。
少しの驚きと、嬉しさで笑いながら広間に向かった。








広間でのやり取りは、少し驚いた。


彼は、侍従相手でも人として接するつもりらしい。
決して悪いことじゃない。
それによって侍従は認められてると思って、働くだろうし。


でも、侍従をあまり重用するのも危ないのに。


それを今言っても、彼は首を横に振りそうだ。
そう思って、沢山の人がいる場では気をつけるようにと言えば
俺にもお礼を言うレハト。


誰でも彼でも信用しちゃうんだろうか。レハトは。






そう思っていたら、タナッセとぶつかって、いつもの嫌味が始まった。
延々続きそうな嫌味の回避方法は、既に学んでる。


まともに相手にしないこと。
話を逸らして、子どもっぽく言うこと。
あとは……これは、最後の手段だけど「俺は次の王様だ」って言うこと。



最後のは、あんまりやりたくない。
だから、タナッセも嫌味じゃなく普通に喋ってくれたら良いのに。
無理だからこうなってるんだけど。



俺がム―ダム―ダとはやし立てると、レハトも楽しそうに
ム―ダム―ダと続けてくれた。
二人でタナッセの周りを回れば、タナッセはどうして良いか迷ったみたいだ。


怒れば良いのか、呆れれば良いのか。


不測の事態に弱い従兄は、とりあえず退散することにしたらしい。
目論見どおりだ。


彼がいなくなって、レハトに向かって喋る。
後悔なんてしないよな、と。


「実際、タナッセの嫌味ってムダだもの」


……んー?

タナッセの嫌味ってムダ。それは、そうなのだけど……。なんだろ。
レハトの言い方は、タナッセは『嫌味』が無ければもっとマシ……というか、
良いように聞こえる。


『嫌味しか取り得が無い王候補の従兄』


そう影で日向で言われて久しいタナッセの評価としては
生易しい気がする。

二人が仲良くなったという噂は聞かない。


むしろ、タナッセの方が突っかかって行って嫌味を炸裂させてたと
侍従から聞いたことがあるぐらいだ。
てっきり、レハトはタナッセが苦手か嫌いなんだろうと思ってたんだけど。


覗きこんで、真意を確かめる為に聞いてみる。



「ふぅん。嫌味以外は?」


見つめると、眉を寄せて
憎しみに燃えるような目と、親しい者に寄せるような目とが
入り混ざったような色で見返される。


最終的に、レハトは困った様子でふっと笑い


「…………さあ?」


曖昧に濁して終わる。
自分でも、どうなのか判断がつかないんだろうか。



不思議だ。
普通、タナッセに嫌味を言われ続けたら、
愚痴を俺に言ってくる人ばっかりだと言うのに。



「まあ、いっか」


口に出せば、本当にそんな気分になる。
まあ良いや。悩んでも分かることじゃない。




「じゃ、探検しよーぜ、レハト」





差しだした右手を、レハトは左手で取ってくれる。
それに笑って、俺らは駆けだした。









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