嫌味の応酬
今週は、交渉と武勇を頑張ってみた。
先生に聞いたところ、交渉のやり方と武勇の間合は似た観念であると お墨付きをもらった為に。
武勇の訓練は楽しい。
剣を振るってる間は余計なことを考えなくて良いし、 上達していってるのが、目に見えて分かる。
本を読もうにも、文字が分からないままの為、 いやだなーとついつい、武勇訓練ばかりやっていたら、 かなり上達した。
「どうですか、師匠。 今なら、へっぴり王子ぐらいなら、こてんぱんに出来そうですか」
「……ぷっ。へっぴり王子様が可哀想だからやめてやれ。 いや、まだまだ。 成人男性相手にさばける程の技量にはなってないな」
武勇の先生は、的確に私の駄目な所を教えてくれる。
貴族相手には仕事がしたくないと言うだけあり、元々庶民の出で ここまで出世した人らしい。 だからか分からないけど、へっぴり王子とか言いだしても ニヤニヤしながら反論はしてこない。
最初こそ敬語で接してた先生に、敬語を止めてくれと願い出て ようやく最近、敬語をやめて貰ったのだけど、 結構、口も態度も悪くなってる気がする。
まあ、私も師匠なんて呼んでるからどっちもどっちだ。
「それより、オマエね。そろそろちゃんと知力訓練も受けろよ。 泣いてるぞ、お前の知力担当」
「う……」
何度見ても、1ページ目で挫折するのだ。 日本語で書いてくれ。日本語で。
まずは、その一文字一文字を理解する所から、な状態なんだけど、 それをやるには、絵本か何かじゃないと無理な気がしてる。
そして、知力の先生は頭が固い為に 絵本なんて子どもの児戯に等しい!と言って憚らない。
授業は、小難しい古典の本で行われ、大体聞き流すか 時折、先生の質問から内容を察して話す位だ。
交渉力が役に立っている。
「武勇訓練にしたって、文字が読めないよりは読めた方が 型の参考本とか読めるんだしよー」
言い募る師匠。 確かに、そろそろ学ばないとと思ってはいるんだ。
「あー……やだなー」 「やだったって、しょうがねぇだろ。ほれ、王様になるんだろ?」
何気なく言われた言葉に、ずきんと胸が痛む。 なるのか、ならないのか。
問われれば、なると答えるようにはしてるけど、 最近は、どうも自分の目的じゃないような気がしてならない。
「……うーん……」
曖昧に唸ると、師匠は少しだけ目を開いたけど 何も言うこと無くポンっと肩を叩いた。
「まあ、どっちにしろ、字は読めて損しないからな。覚えておけよ」 「……はーい」
頷けば、師匠は休憩を終わらせて剣を持つ。 刃をそいであるとはいえ、あれで叩かれると中々痛い。 真剣に刃を受け流し、盾を使い、打ち込む隙を探す。
確かにいつかはやらないとまずい。 今日の鍛練が終わったら、図書室に本を借りに行ってこよう。
そんなこと思っていたら、バッシンと思いきり肩を打ちぬかれた。
「なにも本気で叩かなくてもなぁ……。 あー痛い……」
師匠の馬鹿。
ぶちぶちと呟いて、図書室に入る。 初めて入った図書室は、学校の図書室と似ていた。
ただ、広さは段違いで広い。
光で本が焼けないようにか、直接日光が入る場所には本が置いてないようだ。 それを横目で確認してから、適当なところから本を取ってみてみる。
……ミミズがいっぱいだ。
英語かドイツ語かイタリア語か。 どうにも日本語に共通項が見当たらない並び方をする文字。 図も無いので、意味も分かりかねる。
それを戻して、違う所からまた本を取り、戻し。 繰り返して何度かやってから、ため息をつく。
読めない。
漫画みたいな、絵本みたいなものでもあれば、もっと分かりやすいのに。 ああ、そういうものが無いか、人に聞いてみればいいのか。
そう思っていると、とんとんと背中を叩かれた。
「……? なにか?」
首を傾げて見上げる。服装からして文官みたいだ。
モゼ―ラじゃないのか、と少しがっかりしてから 彼に失礼かと居住まいを正す。 姿勢の良さは、武勇の良さに繋がる。 そう師匠に教わってから、なるべく胸を張る様にしている。
話しかけて来たのは、20才前後の男性。 貴族然とした雰囲気が、あまり嬉しくない予感を掻きたてる。 どこか小馬鹿にしたような見下ろし顔。それに合わない奇妙に張り付いた笑み。 笑っていない目元が、気持ち悪い。
「あの、継承者様にこんなことは申して失礼ではございますけれども」
「…………」
前置きからして嫌な予感しかしない。 それでも、眉根を寄せずに見ていれば彼は信じられないことを言う。
「読まない本はべたべた触らないでくださいますようお願いいたしますね。 お分かりにならないかもしれませんが、貴重なものなのですよ? どうぞお願いいたします」
「……なっ」
慇懃無礼に言う彼に、思わず口から驚きの声が漏れる。 その反応にか、彼の言葉にか、 図書室のあちこちからくすくす笑いが聞こえてきた。
皆、多少なりとそう思っていたということだろうか。
私は、勉強がしたくて図書室に寄ったというのに。
分別の無い子どもじゃあるまいし、破る訳も汚す訳も無い。 田舎者だからと舐めてかかっているのか。
ギリッと私は彼を睨みつける。
彼は、私のそんな様子など特に気にも留めない様子で ため息を零しかけて止めたような吐息を漏らした。
「重ねて失礼ではございますが、こちらは読書をされる方のみの ご利用となっておりますので」
「私は、本を、読みに来たのに?」
思わず呻くように言えば、文官は明らかに侮蔑の目で 冷たく言い募る。
「……大変失礼かと存じますが、 継承者様は文字がお読みになられないと聞き及んでおります。 そんな方が、図書室にいらしても、何も面白いことなどございませんでしょう? ……どうぞ、お部屋にでもお戻りくださいませ」
軽く目元を下げ、帰れと促す文官。 まったく相手にならない。
……悔しい。
何でそこまで馬鹿にされなきゃいけないのか。 それでも、言える言葉は無い。 実際、読めなかったのは事実なのだから。
「…………」
その場で泣きださないように、ぎゅっと唇をひき結んで 胸を張って図書室を後にする。
威厳など無い。 でも、田舎者にもプライドがある。
文字が読めなかったからといって、勉学をしようとする者を追い出すような そんな奴らに弱みなんか見せるものか。
くすくすと聞こえる声。 言い過ぎだろだの、文字も読めない癖によく……だの、そういう声を 背後に聞きながら、大分離れたところで、ダッシュした。
ドンッ。
「おわ……!?」 「え……っ」
誰かにぶつかった。 と思ったら、その誰かを巻き込んで地面に転がる。
「あ……ご、ごめんなさい。大丈夫ですかっ」
バッと自分が押し倒すような格好になった誰かを見る。 黄緑の髪が日の光に当たって鮮やかに輝き、 青い衣が床に広がっている。
ヴァイルは、驚いたように大きな目を見開いてこちらを見上げ、 相手が私だと分かると、ニッと笑ってきた。
「レハトじゃん。なになに、誰かとおいかけっこでもしてた?」
キョロキョロと辺りを見回すヴァイルに、ふっと息を吐く。 ヴァイルは、あんな目で見て来ない。
「ごめん。ごめんね、ヴァイル。痛い所はない?」
そっと手を差し出すと、尻もちをついたままだったヴァイルは 私の手を取って立ちあがる。
「ん。全然大丈夫!……って、レハト、手すっごい冷たい」 「え……ああ、うん。いや、ごめん」
引きあげて立ちあがったヴァイルに言われて、自分が緊張から 手の温度が無くなっていることに気付く。 無理に口角を上げて、何でもないと呟く私の両手をヴァイルは両手でくるむ。
「ほら。こうしたらあったかい」
へへへっと無邪気に笑ってくれる。 それに思わず、ほろりと泣きそうになる。
「……あはは。あったかいねぇ」
ヴァイルに頼るわけにはいかない。 一回頼っちゃえば、ずっと頼っちゃうかもしれない。
涙腺よ、頑張れ。 お前は強い子だ。大丈夫。笑え笑え。
ギギギと、無理やり口元を笑みの形のまま維持しようとしていると ヴァイルは目を少しだけ細めてから、声を出す。
「んー。なんか……あったかいものでも貰おうか。ね?レハト」 「……うん」
ヴァイルの掌で大分温まった私の左手を ヴァイルが引っ張ってくれる。
何かあったのは分かってるんだろう。 それでも何も聞かずに、居てくれるのがすごく嬉しくて また泣きそうになった。
広間は、昼時でも夕飯時でも無い時刻だからか 人はまばらだった。
そのことにも、ほっとして、ヴァイルの手をぎゅっと握る。 チラっとその猫目がこちらを見たので見返すと、 ニコっと可愛くはにかまれてしまった。
か、可愛いな……!流石ヴァイル。
きっとヴァイル好きな人、結構いるよなぁ。
天真爛漫な笑顔や、努力を惜しまない前向きさだけじゃなく、 こうして気づかいが出来るところなんかも。 素敵なところだと思う。
「お茶頂戴!2つ。花蜜たっぷり垂らしたやつね!」
「かしこまりました」
ヴァイルが私の分も侍従に申しつけて、卓に座る様に促す。 ヴァイルの手を離しがたいなと思いながらも、そっと手を離す。 温かかった左手が、急に冷えたような気がする。
ヴァイルの向かい側の席に座ると、ヴァイルはニコッと笑みを浮かべた。
「うん、何か、顔見えるの良いよな!」 「……そうだね」
しばらく今日の天気だとか、当たり障りの無い話をしているうちに お茶が運ばれてきた。 ふわりと良い香りがするので、ハーブティだろう。
こくん、と喉を鳴らせばじんわりと温まる。
「ありがとね。ヴァイル」 「んー? 何がー?」
カップに掌を当てて両手を温めながら言えば、ヴァイルは 分かっているくせに、分かって無いような顔で笑う。 それにまた感謝して、何度かお茶を口にする。
ようやく口元に少し笑みを浮かべると、ヴァイルは楽しそうに 今日は何をしたか、あの教師はどうだかなどを話してくる。 ヴァイルと私の教師は、半分ぐらい同じ先生だ。 だからか、秘密の共有のようで楽しい。
「あの先生、絶対カツラだよな!」
ヴァイルがこそっと、顔を近づけて言うので 私もこそっと小さな声で言葉を返す。
「ね。それなのに、皆は気付いてないとか思ってるよ」 「何でそんなに気にするんだろ―なー。 あ、でも、王様が禿げたら格好悪いかな」
ヴァイルが両手を頭に置く。 ちょっと心配になっちゃったらしい。
その仕草は可愛いし、上目遣いみたいになってるヴァイルも可愛いし。 と、そんなことにキュンとしてる場合じゃない。 言葉を返す為に、今度は、ヴァイルが禿げる可能性を考えた。 ヴァイルがハゲ……。 想像してみたけど、何だかマルコメくんみたいで可愛い。
「大丈夫だよ。ヴァイルなら可愛いと思う」 「えー。それ褒めて無いだろ。レハト、何かてきとーなこと言ってない?」
じとっと半眼で睨まれたので、こちらも半眼で言う。
「適当じゃない。 っていうか、ムキムキだったらハゲの方が威厳ありそう」
「あー。んー? そうかな……」
そうかな、どうだろ、と首を傾げ始めたヴァイルに笑って 数度目のお茶を口に運ぶ。
空になったカップを卓に置けば、ヴァイルはそれを待ちかねたように 私の手を引こうとした。
「なあなあ、一緒に探検しよーぜ!」 「……うん。でも、ちょっと待って」
嬉しそうに私の左手を取るヴァイルをやんわりと断って、 飲み終えた二人分のカップを、他の卓の皿を片づけていた厨房担当の侍従に渡す。
「これもお願い出来るかな?」 「…………は、はいっ。大丈夫ですっ」
びっくりしたらしく、一度息を吸って私の額を見て、 もう一度驚いたようにキョトキョトと目を彷徨わせる女の子。 成人したばかりなのか、あまり落ち着きがない雰囲気は、 村にもいそうで微笑ましい。
「ありがとう。美味しいお茶でした。ごちそうさま」 「……! は、はいっ」
声を掛けると驚いたのか、大きな目で見返される。 それに少しだけ苦笑して、ヴァイルの前に戻ると複雑そうな顔をしていた。
「レハトがそんなことしなくても、勝手に片づけるから大丈夫なのに」
不満気に口をとがらせるヴァイルが意外で、 首を傾げて声を出す。
「でも、美味しかったし」 「入れたのは俺の侍従でしょー」
そう言われればそうだ。ヴァイルの後ろで控えていた女性に目を合わせると 驚いた様子で目を瞬かせている。
「そうだね。……ごちそうさまでした。美味しかったです」 「……い、いえ……っ。とんでもない」
目を大きく開いて頭を下げるお付きの人に、少しだけ困って ヴァイルを見ると肩をすくめた。
「あんたの感覚じゃ、まだ侍従とかそういうの無いの?」
少し不思議そうなどこか困った子を見るような目だ。 深い意味はない行動だっただけに、そんな目で見られる理由が分からない。
「侍従でも商人でも村人でも、私は同じ態度を取ると思うよ。 お茶貰って嬉しかったから、ありがとう。 私が少し動けば、彼女の時間が減るならカップ位持って行くぐらいはする」
それが今も昔も当たり前の生活だったからそうしただけなのだと ヴァイルに言えば、少しだけ笑ってくれた。
「うーん。良いことなんだとは思うんだけどさ。 ただ、それが威厳が無いとか、軽く見る奴らもいるから、 体裁ってのも大事なんだよ。 いまは良いけど、人が大勢いる時は、偉そうにふんぞり返って 片づけは侍従にさせるようにしなよ」
「……そっか。うん、分かった。 ありがとう。教えてくれて」
ヴァイルの忠告に頷くと、ヴァイルは嬉しそうに笑った後 ちょっとだけ眉を寄せた。
「あんたって騙され安そうだよなー。なんか心配」 「いや、全然大丈夫だけど? 大人っぽいと評判ですもの」
ほほほ、と胸を張れば、ヴァイルは思いっきり笑う。
「どっこがー? 俺よりちっちゃい奴初めて見たし!」 「背はこれから伸びるんですー! ヴァイルのちーび!」
べーっと舌を出してやると、ヴァイルは少し怒ったような目を演じて ニヤと口元を上げる。
「俺よりチビな奴に言われてもなー。レハトのちーび」 「ヴァイルさては、気にしてるな? 気にしてる。すごい気にしてる。ふっふー」 「なんだよー。あんたから言って来たんだろー!」
子ども同士でじゃれあって、ぺしぺしとパンチの真似をする。 ヴァイルからの攻撃をサッサと避けてやると、 段々ムキになってきたようで、真剣な目に変わっている。
「ちょっ、ヴァイル本気で殴ったらダメでしょうがっ」 「あんたが一発も当たらないのがわるい!」
「当たったら痛いでしょ! ぺしぺしパンチ当てた相手に本気の拳で返すのはルール違反よ!?」
「痛くない痛くない。良いから、一発当たってみてって!」
言いながらヴァイルはストレートを入れてくる。 ブォォン。
風が髪の毛を攫い素敵なメロディを聞かせてくれた。 これに当たれと? 無理を仰る。
「いやだ。痛そう。ここは逃げるっ」 「あっ、待て!」
ダッと広間の入り口に向かって走り出す。 ヴァイルも逃げた私を追って真後ろを追いかけて来た。
背後の彼が肩を掴もうとしているのに気付き、 急ブレーキを掛けた。
ぐっと足のつま先が悲鳴を上げる。 ぎぎぎっと体のバネを使って止まると、左側を走って行った人物は通り過ぎた。 どうやら危機は回避できたらしい。
「あ、卑怯だぞっ!」
止まった私と、止まれずに広間から出そうなヴァイル。 私が広間に残ったことに気付いたヴァイルが、体ごとこちらを振り返った。
「ふっふー……あ、ヴァイルっ!前、前、前っ!」 「……え?」
前、は私から見て。 ヴァイルから見たら後ろだ。
そう気付く間も無く、ドンっと衝撃音とうめき声が聞こえる。 あっちゃー。誰かとぶつかっちゃった。
多分、3時のお茶にしようとでもした貴族の誰かだろうけど……。 大丈夫だろうか。
「ヴァイル、大丈夫?」 「ん。俺は全然平気ー。代わりに……」
背中から相手に倒れ込んだ形になり、相手の上に乗ったヴァイルは 埃を払う様にパタパタと服を叩いている。 確かにどこにも怪我は無さそうだ。
ほっとして、ヴァイルの促す方を見ると。
「……ぐ……っ、何なのだ一体……」
ヴァイルに下敷きにされたのだろう。 土下座一歩手前みたいな恰好で、タナッセが呻いていた。
……うわぁ。
「ざまぁ」
思わずざまぁみろと言いかけてしまった。 いけないいけない。
口を手で閉じるも、タナッセには聞こえたらしい。 立ちあがると、ギロリと睨んでくる。 それに肩を竦めて、何も言ってませんよポーズで誤魔化す。
「人の不幸をあざ笑うとは良い趣味だな? 貴様のような下賤な者にはお似合い過ぎる。まったくもって不快だ」
「…………」
被害者がタナッセで喜んじゃったのは事実なので、肩を竦める。 何も答えないでいれば、タナッセの眉が潜められた。 更に何か言いつのろうというのか、綺麗な唇が開きかける。
「もう良いじゃん。当たったのは俺だし」
助け船を出してくれたのは、ヴァイルだ。 それに感謝して、ごめんと言えば、いいよーと返される。
「…………」
タナッセはそのやり取りを冷ややかに見つめると、鼻を鳴らして 今度はヴァイルに目を向けた。
「相変わらずのようだ、従弟殿。 そのように床をちょろちょろ走り回っていると、 うっかり踏みつぶしてしまいそうで怖いじゃないか」
真上からの言葉は、的確にえぐる。 ようするに『チビ』の嫌味バージョンだ。 ヴァイルが多少なりと気にしている所をついているし、嫌味としては 気が利いている気がする。 ……まあ、嫌味言ってる時点で駄目だけど。
ヴァイルはそれに、真正面からぶつかるつもりはないらしい。 はぁっとため息をついて首を傾げた。
「んー。タナッセってさあ、 そんなことばっかり言ってるよなぁ。疲れない?」
その妙に余裕のある口調に、タナッセが眉をひそめる。
「……何故疲れなければならない」
彼の険の籠った言葉を、ヴァイルは少し笑うだけで留める。
「だって毎回、違うこと言うの大変そうで。 俺、そんなに考えられないよ」
「お前と一緒にしないでもらおう。 ぎゃあぎゃあ騒いでいる間に、その頭へ修辞法の一つでも 叩き込んだらどうだ」
タナッセはまた、ふんっと鼻を鳴らす。 それを呆れた様子で見上げるヴァイルは、ぽつりと言う。
「時間の無駄だと思うなあ」
確かに。 婉曲な表現をする時間があるなら、本音でしゃべれば早いのに。 そのせいで、タナッセは、訳の分からない嫌われ方をしてるように思う。 勿体ない。
「そうやって走り回っている方がよっぽど時間の無駄だ」
上から見下ろす顔が、あまりに分かって無くて。 ついつい声が出る。
「いや、タナッセの方が無駄でしょ」 「…………」
小さい声で呟いたつもりが、意外と大きかったらしい。 タナッセが、無言で睨んでくる。おー怖い。
「ほら、無駄だって。ム―ダム―ダ!」
味方を得たとばかりに、ヴァイルがはやし立てる。 楽しそうにニコニコというヴァイルは、結構残酷だ。
「レハトも言ってやれよ、ム―ダム―ダ!」 「よしきた。ム―ダム―ダ!」
よく考えたら、残酷じゃない。これは事実だ。
タナッセの嫌味は無駄。 これは世界辞典に乗せるべきだ。
無駄無駄無駄無駄。むだ……むだが、えーむだだから無駄! 頭の中でムダがゲシュタルト崩壊しつつ、 口では、ム―ダコールを続ける。
二人でム―ダム―ダ!と言いだすと楽しくなってきてしまった。 思わずタナッセの周りを無駄音頭で回り出す。 しばらくぽかんとその様子を見ていたタナッセが、 ギリリと歯を食いしばる様にして、唸った。
「くっ、この馬鹿二人組が。 後悔するなよ、そんな態度でな!」
どこの悪役だよっ!
思わずぷぷっと笑ってしまえば、立ち去る様子のタナッセに睨まれた。 さーせん。聞こえてましたか。
地獄耳のタナッセ大魔神が、オシャレ布を翻して 広間から出てしばらく、ヴァイルがこっちを振り返る。
「しないって。なあ?」
「まあ、ム―ダム―ダって言ったのは後悔出来ようもないよね。 実際、タナッセの嫌味ってムダだもの」
ヴァイルの問いかけに頷くと、ヴァイルは少しだけ目を開いて私を覗きこんだ。
「ふぅん。嫌味以外は?」
嫌味以外。 存在? 性格? ……別に悪い人じゃないとは思ってるけど。
でも、それを正直に言うのも癪だ。 なんか私だけ片思いみたいじゃないか。
だから、私は誤魔化す為に少しだけ苦笑して首を傾げた。
「…………さあ?」
私がタナッセをどう思っているか、じっと見たら分かるのかという程、 見つめられてから、まあいっかと声がかかる。
「じゃ、探検しよーぜ、レハト」
差しだされた右手を、左手で取って歩きだす。
お茶の影響か、ム―ダム―ダって言ったのが良かったのか。 ヴァイルが側で笑ってくれてることが良かったのか。 すっかり私の両手は温まっていた。
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