玉座







何で皆、ほいほい王座の間に来るのか。
小一時間、問いただしたい。




そんなことを思うのは、この間の主たる人じゃない人に
立て続けに遭遇したからだ。




まず、おばあさんの侍従と再び会った。
4代王『ネセレ』について聞きたいと言えば、
彼女は一度大きく息を吐いた後、口を開く。


言葉は、語り口調で分かりやすく、
大事な大事な思い出だと分かる彼女の表情は、まるで
二十歳の乙女のようだと思った。



4代王、ネセレ。
支持した人たちはすでにこの城にいなくて、
貴族からは蛇蝎のごとく嫌われている。


私と同じく庶民のー商人の家に生まれたネセレは、
5歳の時にこの城に来て、3代王ファジルの養子となった。


ファジルは厳格で厳しく、ネセレは反発していく。
貴族を憎み、貴族を排そうと。


だが、その目論見は上手くゆかず、
それどころか次の印の持ち手が現れる。
よりにもよって、ファジルの孫としてリリアノが。


何故だと。
時間が無いと、嘆く彼は疑心暗鬼になり、人を遠ざけていく。
……何とも哀しい話。




「……あなたは、愛されたかったの?」



誰もいなくなった王座の間で、私は壁画に向かって呟く。
強く、いかつい3代ファジル王の横に描かれた
陰鬱そうな表情をした4代。


記録も残っていないと言う彼は、どんな人物なのか。



私も人づてか、14年以上前の話でしか知らない彼。
見上げるのに疲れた為に、私は手近な所にあったものに手を掛けて
首を軽くそれに預ける。


カツンと誰かの足音がした。



「……げっ」

「……御挨拶だな」




背後の柱にいたのか、そこから顔を出したのは
陰険嫌味男ことタナッセ王子殿下だ。


思わず眉を潜めて言えば、相手も面倒そうに眉をしかめる。



「それで身の程をわきまえてるつもりか?」

「……は?」



タナッセの声に、何を言ってるんだこいつという目で奴を見上げてから
自分がどこに手を置いていたか気付く。


王座の背。


そのてっぺんに私の顎がある。
まるで玉座は自分のものだと言わんばかりに抱きこんだかのような体勢だ。


……いやいやいやいやいや。事故だから。
むしろ、これ不可抗力だから。



「なに言ってんだか分かんない」



呆れて、その背もたれから手を離し、
玉座よりも一段下にいるタナッセを見下ろす。

いくら一段下と言っても、
元々の身長差が身長差の為に、結局見上げているんだけども。
気分的に、見下ろしてるつもりだ。



「座ればいいじゃないか。
……お前にはその資格があるのだぞ」


「……だから」


別に座るつもりも、王座を簒奪とかするつもりも無いというのに。



そこまで考えてから、
私は何のために今、ここにいるのかと戸惑う。


リリアノを助ける、それは昔から決意してたことだ。
……では、その後は?


ぞっとするような気持ちで、今、自分の立ち位置を思う。
飼い殺しか、役に立てるコマか。


脳が、気付かないように、
見ないようにと思っていた未来を描こうとする。


…………。



「寵愛者殿の気まぐれを誰も咎めはしないだろうさ」



座れと言うのか。
口元を緩めたまま、瞳は憎悪に揺れたまま。


この男は、座れと。


「…………」



促されるままに、私はその椅子に座った。



座った瞬間、ぎゅっと、椅子が鳴く。



……勉強用の椅子の方が柔らかくて気持ちが良いと思う。
革張りで硬く、年月で色あせたのだろう色合いは重厚感たっぷりだ。


正直、似合うとも、
ここに座りたいとも思えなかった。



「そうとも、お前はそこに座れるのだ。
いかがかな、継承者殿。そこが神に選ばれた者の座だ」


「…………」



じっとタナッセを見つめる。
眉根を寄せ、それでも皮肉に口元を歪める王子。

その額に、印は無い。



「そこから何が見える?
隣に立つ者には見えぬ何かがそこにあるのか?」




タナッセは、何かを私に求めているのだろうか。


まるで憎しみの化身であるかのように私を睨み上げ、
歌う様に言葉を紡いでいく。




「まこと神のご意志とは不思議なものだな?
……そこでゆっくり考えるがいいさ。
ではな」




言うだけ言って、彼は肩布を翻して去っていく。



考えろと言われたけど、何をだろう。


王のこと?印のこと?
それとも……これからのこと?




……正直、考えたくない。



行き当たりばったりで生きてきちゃってる自分。



運良くか、運悪くか、
一度死んだのに、記憶を引き継いでこの世界に産まれた自分。



「もう、30歳は過ぎてんのかな……」



昔の記憶と合計すればその位かもしれない。
カンニングペーパーとも言えるような、記憶のおまけはこの1年分しか無い。
それ以上は自分で突き詰めないといけない。


王にならないとしても、貴族に顔を売り、
媚を売り、話を合わせて名声を稼がなくては、飼い殺しの未来だ。



「……それは、何かなぁ。
楽だろうけど、何か……今さらダラダラ長生きするだけってのも……」



正直、長生きよりも恋愛とか結婚に憧れる。



普通の。
土豚をいなし、麦を耕し、機を織り、子どもを作って。
子どもにみとられて死ぬのだ。



14年で夢見無かったと言えば嘘になる。



村は閉鎖的で、私たち母子を軽蔑の眼で見てくるような愚痴と
恨み節ばかりの小さなところだった。


見ないように見ないように、良い所だけを考えるようにと
いつもそうして生きて来た。
父なし子に風あたりは強くても、それでも母がいたから。


もしも母が死ななければ、
母を養い、何が何でも印を隠して生きていこうと思っていた。



可愛い幼なじみや、絡んでくる馬鹿が嫌いだったわけじゃない。
もしかしたら、どちらかと結婚したかもしれない。


でも、恋人に、家族に、この印を隠し通すことは出来ないとも思っていた。
私は、そんなに器用じゃない。
着替えの時や、ちょっとした際にバレるだろう。



だから、母が死ぬまでが
私の普通でいられる人生なのだと、何度も何度も自分に言い聞かせた。


印さえ無ければ、普通の生活も出来たのかと思うと、ちょっと小憎い。



額をごしごしこすってみる。
きっと消えて無いけど。



「こんなの、無ければ良いのに」



ヴァイルも、リリアノも、ネセレも、ファジルも。
そして、タナッセも。


みんなみんな、印に踊らされている。



こんなものが、生まれついてあるからいけない。
人が彫った刺青なんかなら、誰も神の業など信じたりしない。
産まれて直ぐにあるから、神の業だと思う。


単なるアザなのに。
魔術の素質としてあるような、それだけのものなのに。




「……あ」


だからか。

だから、タナッセは……。





そこまで考えて、誰かの足音に慌てて王座の間を後にした。







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