大浴場
緑月白週。
さて、何をしようか。
ゲーム上では、5日間は一つの科目をやってるイメージがあった。
でも、実はメインの科目を決めておけば それを重点的にやるよってだけで、 他の科目もちゃんとやってた……らしい。
スキップ機能でほいほいやってたせいで、 その辺の知識が曖昧になってた私は、 初日にずらりと並んだ教師たちを見て卒倒したくなった。
てっきり、1日武勇だけやれるのかとか、魅力だけやって キラキラしてれば良いのか楽勝じゃん! って思ってたのに。
「こちらが、交渉事に関する先生です」
ローニカが、先生たちを紹介してくれる。 一科目に1人。先生がつくようだ。 一日に数時間、それぞれの科目をやる時間が割り当てられる。
学校と変わらないスケジュールだよ。
oh……。神は私を見離した。
慣れていないからという理由で、朝9時位から おやつ時の3時位まで、総合科目のように約1時間位づつ 家庭教師が入れ替わって教えてくれる。
でも、まず文字が読めない。
ああああああ!もうっ。すっごいイライラするっ。 多分、この文字は「あ」とか「い」とかそういうレベルの文字なのに 単語の一個すら読めていない。
私はふてくされて、寝ることに集中した。
この授業が終わればベッドで横になれる。 そう思いながら勉強がはかどるはずも無く、 先生方が困った顔をすることも増えた。
良いんだ。最初の週の前半は休んだって良いんだ。 これをすることによって後で挽回するんだから。
言い訳をしながら、3日程好きな時間として使える時間を 寝ることだけに費やした。
「そろそろお風呂に入りたい……」
いい加減、自分が臭いんじゃないかと思える。
サニャやローニカに言っても、臭くないですって言われるに決まってる。 ヴァイルは……どうだろう。 友達になりたいから、出来れば臭い状態で会いたくない。
タナッセは、問題外。
臭くても臭くなくても、臭いって言う人種だ。 「田舎臭い匂いがするな、ああ、お前か」とか言われそうだから、 あいつにわざわざ聞きに行きたいとは思えない。
「サニャ、聞きたいことがあるんだけど」
「はい? なんですか?」
パタパタと花瓶を持って歩く彼女を呼び止める。 そばかすだらけの柔和な顔は、いつみても癒される。
「あ。綺麗な花だね」
何気なくそう呟くと、サニャは嬉しそうにはにかんだ。 か、可愛いなぁ。
「うんうん、こういう色どりは素敵だし癒されるよ。 ありがとう、サニャ」
「……はい。ふふっ」
お礼を言うと、少しだけ驚いた顔の後、ふわんと嬉しそうに笑うサニャ。 うっわ。可愛い。 ぎゅってしたくなっちゃったよ。どうしよう。 やっぱり私、男の子になるべきなんだろうか。
どきまぎした自分が恥ずかしくて、こほんっと喉を鳴らして 冷静を装ってみる。
「えっと、公衆浴場ってどこにあるかな? 確か1階の奥とかって言ってたけど」
「え。ええ。そうでございますですけども、 レハト様、まさか……」
目を開く彼女に、しーっと唇に手を当てて内緒のポーズを取る。
「そろそろさ。入りたいなぁって」
「だ、駄目ですよ。あまり貴族の人が入る所でも無いのですし!」
「いや、私そもそも貴族っていうか、村人そのいちみたいなもんだし」
唇を尖らせて言えば、サニャは少し考える顔をした後、 答えを見つけたのか声を上げた。
「………そういえば、レハト様は ついこの間まで、そういう生活をされていたんでしたね」
うーんと首を傾げるサニャ。 どうも判断に迷ってるみたいだ。
ここで私がごねれば、サニャは許してくれてしまいそうだけど、 それで何かあった時、サニャの責任になるのは嫌だな。
そう思っていれば、何か作業をした後なのか ローニカが扉の向こうから歩いて来るのが見えた。
「どうかされましたか? レハト様」
「あ。ローニカさん……」
サニャは、言って良いものかどうかと私とローニカを交互に見る。 それに頷いてから自分の口で喋る。
「あのね、ローニカ。私、公衆浴場に行きたいんだけど」
「……それは」
「印はちゃんと隠すし、端っこの方で大人しくしてるよ。 とりあえず、髪の毛とか体とか洗いたい」
ローニカが反対意見を言う前に、言葉を続ける。 それにローニカは、眉を少しだけ寄せて真剣な目で諭す。
「レハト様、公衆浴場は下働きの為の場。 高貴な貴方様がいらっしゃるような所ではございませんし、 何より下働きたちも委縮しましょう」
う……。 確かに、王様候補が入ってきたら嫌かな……?
でも、夢に見たまでのお風呂だ。 簡単には引き下がれない。
「だから、こっそり入る。 下働きの人達が入るのは、仕事終わりの夕方だと思うから 今なら空いてるんじゃないかな?」
希望を込めてローニカを見上げる。 白髪頭と白髭を生やした好々爺は、困ったように眉を下げる。
「体を流したいと申されるのでしたら、湯を沸かして 露台に桶を用意しますよ。 公衆浴場の水は、あまり温かくはございませんし、 その方がゆっくり入られるかと……」
「やだ! 公衆浴場の方が広いんだから、そっちが良い。 大体、それじゃ、ローニカ達の負担が多すぎちゃうし……」
子どものようにダダをこねて言ってから 本音をぽそりと呟く。
それにローニカはふうとため息を零した。
「……では、まずは体験ということで、向かいましょうか」
ローニカが折れてくれた。 それに感謝して大きく頷く。
「ありがとう、ローニカ!我儘言ってごめんね」
仕方が無いなぁという顔でローニカが微笑んでから、 サニャに衣服全般と布を用意させる。
それを受け取り、歩き出した侍従の背中を追いかけていると 彼が振り返り、目線を合わせて喋る。
「脱衣場まではお付き添いしますが、同じ湯に浸かる訳にも参りませんので、 湯殿では、お一人ということになります。 あまりおかしな真似をする輩がおりましたら、大声を出して下さいませ」
「え。……公衆浴場って男女一緒なの?」
それは何と言うか、恥ずかしい気がする。 なるべく見ないように心がけようとは思うけど、視界に入るのは 仕方が無いだろうし。
そんなことを思って少し赤い私に、ローニカは首を振ることでこたえる。
「いえ、男女は別ですが、未分化の頃はどちらに入ろうと構いません。 しかし、寵愛者様だと分かれば 男性でも女性でも、何がしかのことをされようという者も いるかもしれませんから」
脅しのような本気のような声で告げられる。 少しぞくりとしながらも、どこか現実感が無い。
子ども体型の未分化な自分にそういう不埒は通じないだろう。
そもそも、生殖器自体無い。 どちらかといえば女の子の体に見える体は、おうとつが無く、 ぺたーんとしている。
まさか、男の子のアレがついているのかと思ったけどそれは無かった。
鏡石が村には無かったから、正確に確認した訳じゃないけど 女性器がある訳でも無さそうだ。
尿の出る管と、便の出る穴がある。 それだけのおかしな体。
天使というものがいるなら、 こういう体だろうなと思えるような感じだ。
「うーん……。あ、お尻の穴に色々されるかもってことなのかな?」
「……レハト様、その辺で」
「え? あああ。うん!ごめんなさい」
ローニカに言われて、心の声を呟いていたことを謝る。 まずいまずい。 おかしなことばっか言ってる子みたいになるのは嫌だ。
素直に頷いて、私は初めての公衆浴場に入った。
日本のお風呂場を想像してた私に、そこはお風呂?と首を少し 傾けたくなるような広さで、違和感を感じた。
石で囲まれた四方。 大きな丸いプールのような物が真ん中にあり、数人が既に入っている。 大きな柱と柱。 目の前にはアネキウスの姿をかたどったと思える神の像。
あちこちに落ちている木枠の桶は、どこか日本の銭湯に似ているけど、 どうやって入れば良いんだろう。
「おや? 坊や。どっかの誰かの息子かい?」
きょろきょろとあちこちを見回していると、その慣れない様子と 背格好に声を掛けてくれる人がいた。
急いで前髪で額を隠しながら、そちらを向く。
ぶよんと弾けそうな胸。同じくらい大きなお腹。 燃えるような赤い髪と、同じ色の目。
若い頃は美人だったんだろうなぁと思わせる目元と鼻筋をしているが、 今は巨大な何かになっているように見える。
丸い顔をしたおばちゃんだ。 人好きのしそうな笑顔で私を見つめている。
「うん、そう。父さんがここで働いてるんだけど、 お風呂って初めてで」
ローニカを父親役にするのは、少し無理があるかな。 そんな失礼なことを思いつつ、誤魔化してみる。
「ははっ、そうかい。 あ、でも、本当は子どもはお城に入っちゃダメなんだよ。 お風呂入ったら、すぐにお城から出ないと 魔の物につかまっちゃうんだよ?」
ぐわぉっと、おばさんは脅かすように怖い顔で口を開ける。 それにケタケタと笑いながら返事を返す。
「こわーい!」
「あっはっは。そんなに怖がってくれりゃこっちも嬉しいさ!」
全然怖がってない私を豪快に笑い飛ばすおばちゃん。
「ほら、まずは洗い場に行っておいで。 あんまり上等じゃないが、体に塗るオイルもあるから塗って」
おばちゃんは私を指導することにしたらしい。 てってってと歩く私を、こけるんじゃないよと注意してくれる。
洗い場だという壁に来てみれば、陶器が置いてあり、 そこから蜂蜜色の液体を手の平に出して、ぺたぺたと私の体に塗っていくおばちゃん。
私も真似するように陶器から液体を出して、前面に塗りたくる。
「あんた、布は?」 「……布?」
聞き返すと、持っていないと分かったらしく、おばちゃんが持っていた布で 私の背中をゴシゴシと擦り始めた。 ちょっと痛い。
「わわわ、痛い痛い」 「我慢おし。ほら、綺麗になる」
言われれば、垢が落ちているのが分かる。 さっきの蜂蜜色は、垢落としのオイルだったらしい。
「ねえねえ、頭はどうしたら良い?」
私は子どもっぽくなるようにと注意して喋る。 おばちゃんは、そんな様子を見て まったく何も知らないんだからと声を上げる。
「頭は、適当に水でもかけときな。 お貴族様たちは、石鹸なんて上等なもん使ってるらしいけどね。 私ら下のもんに、そんなものは行きわたりゃしないんだから」
言いながら、おばちゃんが桶に汲んでおいたらしい水を掛けられる。 冷たい。
「つ、つ、冷たー!」
「我慢おし。ほら、湯の近くに行けば掛けやすいから、 こっちで掛けたげる」
言って手をつながれて、大浴場のような場に引っ張られる。
一瞬、この人は私をここに落としたらどうしようと不安がよぎった。 2人目の寵愛者を陥れようとする貴族の手の者だったら、 ここで突き落としたりするのかも、と。
そして、それをされても 今の私は、何の抵抗も出来ない。
力が無い。回避する方法を知らない。 水に浮くことぐらいは出来そうだけど、頭を掴まれて水に顔を押し付けられたら きっと水死体になるだろう。
チラリと見上げれば、 裸色のおばちゃんの胸と丸い顔。
「ん? なんだい?」 「……ううん、何でもない」
彼女のニッと笑う顔に、疑ったことが悪いことのように思えて首を振る。
何でも疑うのは駄目だ。 こんな笑顔で私を殺そうとしたりしないだろう。
でも、髪の毛が水気を吸ってべちゃべちゃっと顔に張り付いていて、 少し気持ち悪いなぁ。
そう思いながらも、ふっくらしたおばちゃんの手は離すこと無く、 おばちゃんの早足についていく。
引っ張られるように連れて来られた湯から1m位の位置で 座りなさいと言われ、素直に従った。
「はい、目瞑ってな」 「……え?」
ばしゃぁああ。
お湯と水の中間位のお湯水が、頭に掛る。 おばちゃんが頭を流してくれたんだと分かるけど、いきなりすぎて鼻に水が!
「げっふげっふっ!酷い!鼻がっ鼻がツーンて!」 「あっはっはっは!」
笑いながら豪快におばちゃんは、ばしゃーんばしゃーんと2撃目、3撃目を 追加でお見舞いしてくれる。
がっしゃがっしゃと豪快に髪の毛を掻きまわし、 水を掛け、髪を掻きまわし、水を掛けの繰り返しをした後 おばちゃんは満足げに告げた。
「よし。綺麗になったよ」
「…………」
ローニカーーーー!
ハチャメチャが押し寄せてきてるよー!と 心の中で、侍従頭に報告してみる。
いや、おばちゃんに悪気は無いし、ありがたいんだけども。
この後、おでこを出そうとするおばちゃんと、 どうしても出したくないと渋る私で、論争になった。
お風呂は想像していたよりも、水に近い温度で でっかいお風呂っていうより、プールだった。
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