案内









「……うあ?」



「……礼拝も終わりましたし、一渡り城内を回りましょうか」


…………。
あれ?


きょときょとと周りを見回す。
どこだっけ。

段々とはっきりしてくる頭で、ローニカを見ると
苦笑されてしまった。


「よくお眠りでしたので、ヴァイル様からは
起こさないでくれと申しつかりまして」


わぉ!
私の方が寝ちゃったんかい。



「行きたいところがございましたら、ご案内いたしますよ」


にこやかなローニカは、寝てしまった私を責めることなく
立って待ってくれている。

しまった。やらかした。


くしゃくしゃになりつつある頭を手グシで直し、
ローニカの説明を聞きながら歩く。


正門、中庭、図書室……。


見たことがないはずの景色なのに懐かしいと感じる場を
ローニカの案内で、てくてくと歩く。
自分の足が幼く、小さいのは知っていたけど、
この城にいるとよりそう感じる。


石造りの廊下。
歩く度にカツカツと音が鳴り、無駄に広い場に
ぽつんと立っているのだという気にさせられる。


少しだけテンション下がり気味なのは、変な夢のせいかな。


そんなことを思っていたら、
訓練場で、またヴァイルに会った。



「あれ?もう起きたの?」


「おかげさんで良く眠れたよ……って、違う。起こしてよ。
恥ずかしかったじゃないか」


明るい声に、思わずノリ突っ込みをすれば
あははっと弾ける声。


「だって、良く寝てたから起こすのもなあって思って」

「神殿に一人きりで残されて、しかもまだ熟睡してる方が
まずいでしょうよ!」

「あはは、わるいわるい」


ちっとも悪びれずに言うヴァイル。
私も別にヴァイルが悪いと思ってないから、単なる軽口だ。



「あ。ねえ、ひょっとしてあんた暇?
良かったら一緒に訓練しない?」


キラキラした目で言われて、おっとっと少し後ずさる。


「うーん……そうしたいのは山々なんだけど」


ちらりとローニカに助けを求める視線を送る。
ローニカはそれを受けて、少しだけ前に出てヴァイルに告げる。



「申し訳ございません、ヴァイル様。
ただいまご案内中でございますし、まだレハト様は
来られて間もないのですから……」


ヴァイルは、猫目を少しだけ眇めて


「ふーん」

何かを確かめるようにローニカをジロジロと見る。
まるで検分しているようだ。
警戒心が露わな視線。ローニカを信用していないのだとその視線が言う。


ヴァイルって、こういう顔もするんだ。


無邪気な顔だけじゃない一面を見て驚く私と
瞬きをした後のヴァイルの視線が合う。

彼は、ニッコリ、まるで別人のように可愛く笑った。


「ま、そうか。
じゃあ、また今度会った時になー」


手を振って奥へと駆けだすヴァイル。
それを小さく手を振ることで返して、少しだけ息を吐く。


チラリと、ヴァイルに警戒された目で見られたローニカを
伺ってみたけど、特に表情に変化は見えない。

でも、あそこまであからさまだと、嫌だなーとか思いそうだよなぁ……。
ヴァイルも、もう少し分かりにくい感じで警戒してくれたら良いのに。
……無理か。


「あの、ローニカ」

「……はい。どうされました?」


声を掛けてみれば、穏やかな声が返ってくる。
嫌悪感や怒りは感じない。


「えっと、ヴァイルは……その、ローニカが嫌いなわけじゃないと、
思うから、その……えっと、つまり……」


フォローしようと、声を出してみるも
出せば出すほどおかしなことを言ってる気がしてくる。

ってか、自分で穴掘ってる!?


「あああああ。違うんだよー。違うんだよー。
だから、つまり、ヴァイルは良い子なんだと思うんだけどっ」


「……ふふ、はい。その通りでございますよ。
ヴァイル様はお気安い方で、とてもよい方でいらっしゃいます」


それでまとめて、足を進み出そうとするローニカの腕を掴む。
目元がぱちりと瞬くのを見ながら、



「ローニカも良い人だと思うんだ!」


一生懸命伝えたい言葉を伝える。


「田舎者な私だけど、差別的に見て無いし、すっごく優しくしてくれてる。
ありがたいし、嬉しい。
今すぐに凄い人になれないけど、なれるように頑張るから」


選ぶ言葉も子どもみたいだ。
そう思って口を閉じれば、ローニカは嬉しそうに笑った。



「ありがとうございます、レハト様。
あなたのお言葉、確かに承りました。
……とても嬉しく思いますよ」


ふふっと笑うお髭に、ほっと息をついて頷く。



「ヴァイル様も、たまたま気が立ってらしたか、
レハト様との会話を邪魔さえて嫌だと感じられたかでしょうから、
そう深く考え込まずとも大丈夫ですよ」


私の必死な様子にローニカが、気にするなというように声を掛ける。
そんな視線じゃ無かったと思うけど、
私の為に言ってくれた言葉に頷いて微笑む。


「ヴァイル様はよくああして自主訓練をなさっておられますから、
気が向かれましたら、お付き合いしてあげてください」


背中を押されながら言われた言葉に大きく頷いて
その場を後にした。






王座の間の豪華さに目をやられ、
あうあうしながら歩いていたら、また煌びやかな場所に出た。



色とりどりの布地が並び、トルソーがドレスをまとう。
ふわんと香る化粧の匂い。
大きな唾広の帽子。青い花飾り。何に使うのかさっぱり分からない紐。



「こちらは場内の人々の衣装を作成したり、管理したり
する場所です」


衣装部屋。
王座の間とは違った煌びやかさに、ほうっとためいきをつく。


見たことも無いドレスや、衣装に
乙女心が刺激されない訳がない。


「わぁー、お姫様みたいだ!すごいすごいっ」



はしゃぐ私は、一枚のドレスに触れる。
漫画の中でしか見たことが無いような淡い黄色のドレス。


「綺麗ー!」


胸元と背中がばっくり開いているから、
つるぺったんな私には似合わないと分かっているけど、
お姫様という憧れは捨てきれない。


「こちらに保管してありますものは、自由にご使用
いただいて結構です。
ご存分にお申し付け下さい」


きょろきょろと見回す私を微笑ましそうに見るローニカ。
うわぁうわぁ。すごいすごい。


ずらりと並んだ布生地も、ハンガーのようなものに掛けられた
ドレスたちの群れも壮観だ。
身長の低い私では、この群れに飲まれたら迷子になりそうな程、
様々な種類が置いてあった。


カタリ。


「……ん?」


何か音がしたような……。


今度は青いドレスを手にとって見ていると、棚の向こうから
眉を上げた綺麗な顔が見える。


……げ。
そういえば、そうだった。



青い髪を揺らしながら、一人の人物が姿を現す。


「おや。案内中か」


ローニカに向けてだろう。
私の方を見向きもせずに、タナッセはそう告げる。



「はい、必要なところを一渡りご案内しております。
タナッセ様は何かお仕立てに?」


ローニカは、あまり感情を乗せない声で淡々と聞いている。
これでタナッセ大嫌いだというのだから、尊敬に値する。
私なんか、苦手とか嫌いな相手に話すことすら嫌になるというのに。



「本日は舞踏会もないからな。
仕立てているものの経過を確認しにきた」



舞踏会開いてーーー!今すぐ開いてーーー!!


そんで、この嫌味馬鹿をさっさと連れ去って欲しい。


そう願ってもアネキウスは聞いてはくれない。
いや、この場合、リリアノだろうか。願うべきは。



思ってタナッセの言葉を流していると、
ローニカに向けていた視線がこちらに絡む。


そうして近くで立つ彼を見上げることで、
同じ地面に立つと、やけに彼が大きく見えることに気づいた。


背高っ!
いや、私が低いのか。
身長差、目測で30センチ弱位。


これ引っぱたけるかなぁ。ジャンプしないと無理じゃない?



「…………」


あれ?
もしかして何か言われたかな。


タナッセが、しばらく私の様子を伺っているようだったけど、
背の高さと頬を引っぱたく軌道を考えるのに必死だった私は、
何を言われたか分からない。


えっと、確か馬鹿にする言動ではあったように思うけど。


考え込む私をどう思ったのか、
タナッセは鼻を鳴らして目を眇めた。


「ふん。
せいぜい勘違いさせぬよう、気をつけて案内はするのだな」



明らかに気分を害した様子で、踵を返して居なくなる。

その背後に、巨躯な男性が続くのを少し驚きながら、
あれがモルかぁと自分に納得させた。


大きくて、まるで巨人兵だ。
何でタナッセについて歩いてるのかさっぱり分からないけど、
彼ほど忠実な衛士も中々いないと思う。


それにしても、タナッセは、ふわふわと青い布がたなびいてたなぁ。


あの布を見ていると、どうにも欲望が渦巻いてしまう。

引っ張りたい。
ふわふわふわふわ。歩くと揺れているのだから。

いつか引っ張れるかな。
こっそりやればバレないかもしれない。



ローニカが気分を直すように屋上や大広間を案内してくれる中、
私は、いつかあの布を引っ張って困った顔をさせられないだろうかと
それだけを考えていた。




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