サニャ







ローニカが、直ぐに戻りますと告げて居なくなったので、
現在、若干気まずい。


原因は私がお湯を欲しがったからだから、
どう考えても私が何とかしなきゃ。

よーし。


大きく息を吸って、私は彼女に話しかけた。


「あのっ」

「は、はい!」


声をかけるとサニャは、びくんっと肩を揺らして返事をする。



「あのね。えっと。
聞きたいことがあるんだけど、良い?」


「は、はい。どうぞです」


怖がらせないようにと気を使って言葉を選ぶも、
どうにも、たどたどしい言い方になってしまう。



交渉術とか習えば、もう少し上手いこと言えるのかな。


習ってもいないことを
今すぐに身に付けさせてくれ!と心の中で思いながら
疑問を口にする。



「お湯を張った水に浸かる場所って……無い、よね?」

「お湯を張った水に浸かる、のですか?」


お城なんだから、お風呂ぐらいありそうじゃないか。
ブルジョアなのだから。


そう思って見つめると、サニャは、お湯、お湯と呟いている。


ああ……。
無さそうだー。ああー……。
この14年、唯一の希望だったのに。


「……あ!」

「え?あ、あるの?」


サニャが、何かに気付いたように声を上げる。


「あの、お湯では無く、水なのですが、共同浴場でしたらございますです。
1階の奥なのですが……」

「おおっ!」

喜ぶ私に、サニャは申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「で、でも……その。
それは、使用人たち用で、偉い方たちは入らないかと思うのです」


「……おおー……」


テンションがたおちだぜ。
いや、サニャが悪いわけじゃない。

貴族が悪いんだこの場合。
入るだろ、お風呂。何で入りたがらないのか。


ああ、個人風呂とかあるのかな。



「えっと。樽……みたいな、石作りの人が入る位の入れ物とかにね。
そうだな、棺桶みたいな大きさの物にお湯をたっぷりと入れて
入るっていう風呂とかあったりする? 
貴族専用とかで」


「そ、そんなものがあるのですか」


驚くサニャに、ガックリと肩を下げる。
無いらしい。



「じゃ、じゃあせめて大きな樽とかあるかな……
もしかして、もしかしてだけど、貴族の人達って
湯あみって習慣自体が無い、とか?」


しょんぼりして聞けば、
サニャは、くすりと笑った。


「湯あみはありますですよ。
露台に樽を置いて、お湯で流すみたいです。
貴族の方々がされるみたいです」


「……! おおっ」


私が握り拳を作って喜ぶと、サニャは小さな子どもを見るように
眉を軽く下げて笑う。


「レハト様の故郷では、湯あみをする習慣があったのですか?」


「……うん。
自分でお湯を沸かせば良かったから、面倒でも週に一回位は
お湯沸かして、大きな樽に浸かってたんだけど、
ここで、それをするとなると、大変かなって思って」


お湯を沸かすのには厨房に行かなくてはいけない。


しかも、寵愛者自身がお湯を沸かすなんてと
止められかねない。


若干不便だ。


「週に一度、ですか……」


ううむと唸るサニャ。
どうやら回数が多いみたいだ。



「ごめん。困らせるつもりは無かったんだ」


笑って告げると、
サニャは曖昧な笑みで少しだけ考えるような仕草をした。


「王都は、木材は豊富ですし、水も、湖がありますから
無理でないと思いますよ」


その言葉を言うサニャは少しだけ無理をしている感じだ。
うーん。


「いや、良いんだ。ごめんね。
お湯を沸かすにしても、大窯を占領することになるし、
それを用意する場がここじゃ、持ち運びも大変だし」


安全面を考えてなのか、私の部屋は見晴らしの良い高さがある。


お風呂に入れないのが残念ではあるけど、
彼らに我儘を言う訳にもいかない。



「ローニカがお湯を貰って来てくれるって言うし、
それで十分ありがたいよ」


「……そうですね」



少し納得のいかないような困った顔をしたまま頷くサニャ。
ああ、困らせちゃったよ。

軽い世間話のつもりで振った話題だっただけに
一生懸命なサニャに申し訳ない。



そんなやり取りをしていると、お湯をもったローニカがやって来て
話を区切る。


少しだけ助かった思いをしながら、
直径20p程の器に、お湯を入れるローニカ。


それをサニャが受け取って、布を入れ
濡らして絞って、失礼しますと服を脱がしかける所まで見て
はっとする。


「じ、自分でやるから!」


両手で拒否の姿勢を取る私。


体を拭くのを、他人にやらせるわけにいかない。
そう思って言えば


「これも侍従の務めですから」


ローニカが、にこっと微笑む。
サニャはどうだろうと彼女を見れば、
疑問に思ってはいないようだ。

むしろ、彼女は、私の反応に少し戸惑っているみたいに見える。


何でだ。私が悪いのか。これ。


「いや、私、貴族じゃないし!
一人で出来ることまで、他人にさせるのもどうかと!」


言えば、サニャは納得したように頷き、
ローニカは困ったように笑う。


「しかし、こういったことに慣れて下さいませんと。
衣装の着付け等の事柄でも、似たようなことはございますし」


ローニカが説得するように告げてくる。


「ああ……。め、面倒くさそう。いやだなぁ……」


ぶつぶつと呟く私。
考えただけで眩暈がする。

ローニカが微笑みながらも、慣れて下さいと念を押してくる。
慣れろと言われても。

ぺったんこな胸でも、他人に見せるのは憚るし。
第一、他人に拭き拭きされるほど、偉い人になったつもりもない。

これがあのタナッセ辺りなら
普通に侍従に躊躇い無くやって貰っているのだろうけど。

ああ、あいつ一応王子様だもんな。

こき下ろしてきた綺麗な顔を思い出して、イラっとする。
現実逃避と分かっていつつ、どうにかこの場を回避できないかと
声を出す。


「あー……その、えっと」


駄目だ。何にも思いつかない。
頭を抱える私を救ったのは
柔らかいながらも凜とした少女の声。


「ローニカさん、レハト様はまだ、来て間も無いですから
慣れていないんだと思います。
今は、レハト様の好きなように、させてあげてはどうでしょうか」


サニャは、まるで、私の姉であるかのように
しっかりとした目で、ローニカを見つめて告げる。


ゲーム上のおどおどした雰囲気とは大違いだ。
いや、彼女の芯が強いのは、ゲーム上でも現されてたように思う。


だから、本来の彼女の性質はこうなのかもしれない。

誰しも表裏があるように、
一面だけ見て、こうだと決めつけられないのだと知りつつも
どこかで自分が驚いている。


すべてがゲームのシナリオ通りにいくわけじゃないのか。



そう考えつつ、その提案はありがたいと頷く私。


「体は自分で拭けるし、服なら自分で着れま……
着れるから!」



私付きの侍従は二人。
やるべきことは他にも色々あるはずだ。


決して、他人に体を拭かれるのが恥ずかしいとか
一事が万事やってもらうのが、気まずいとかではなく!


彼らは、他の仕事をすべきだ。


「しかし……」

好々爺然とした彼は、少しだけ渋る様子を見せる。

「ローニカ」
「ローニカさん」


拳を握って期待している私と、
見上げるサニャを見て、ローニカはため息をついた。


「……仕方がありませんね。
追々、慣れていって頂くということで、今回は
ご自分で拭いて下さって結構ですよ」


その言葉に、私は思わず笑う。


「わーい!サニャ、ありがとう!」

「良かったですね。レハト様」


両手を上げてサニャに言えば、サニャも嬉しそうにはにかむ。
可愛い。可愛いぞオイィ!


何この子、リリアノ陛下の用意した魔の手かなにか!?
アレ、ローニカだっけ。選考は。


男の子になっちゃうよ。
こんな子が傍にいたら、男の子選択しちゃうよ!!


一人称、『俺』とか
使えるようになった方が良いんだろうか。

いやいや、気が早いか。
甲高い声で俺とか言うなら、まず他の色々学んでからじゃないと。


そんなことを思いつつ、
さあ拭くか、と布を持つ。


上着の一部を抜いでから、
じぃーっと視線を受けていることに気づく。


「…………。あのぅ」

「はい、どうされましたか、レハト様」

「何かごようでございますですか?」


二人がベッドに座りなおした私に声を掛けてくれる。
微笑みをたたえているローニカ。
ニコニコと嬉しそうなサニャ。


うん。良い笑顔だ。

じゃないよ。何だこれ、どんな羞恥プレイ?



親切にしてくれる二人に
今度は、一人で部屋に残してくれと懇願しなくては
ならなかった。





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