夢を見た。


昔の、高校生だった私が、友達と喋ってる。
黒髪を染めようかと迷っている時期で。

まだ高校二年生で、恋も愛も知らず
苦労なんてしたことなくて、土豚のいなし方どころか、
月々のお小遣いも親から貰っていた頃の私。


母と父と弟が笑う。

そこに何故か、御母さんも一緒にいて、
ローニカがいて、タナッセがいて、リリアノがいて、ヴァイルがいて。
皆一緒に笑っている夢だった。


切ないぐらい、幸せな、幸せな夢だった。




「……あれ?」


目が覚めた時、ここがどこだか分からなくて
キョロキョロと辺りを見回した。


栗色のふんわりとした髪。
肩まで伸ばしたそれは、黒くは無い。


水桶があれば、瞳の色も緑色だと確認できるだろう。

そう考えてから、ここは日本じゃないし、
御母さんと暮らした家でも無いと思いいたる。



ああ、そっか。
私は、寵愛者になったんだっけ。


天蓋の着いたベッドで、寝癖のついた髪を掻きまわしながら
辺りを見回す。


昨日は、疲れてよく見ていなかったけど、
かなり広い部屋だ。


日本じゃ、父母弟と6畳一間で過ごしてたってのに。


何とも落ち着かない広さ。
絨毯が何枚か引かれているのも、何だか無駄なスペースに感じる。


ぺたんぺたんと素足で、バルコニーまで出てみる。


王の住む都。
フィアカントの朝だ。

と、言ってもバルコニーから見えるのは
湖が太陽を反射させる光だけだけど。


それでも風に乗って聞こえる。

カチャカチャと漆器か何かを動かす音。
漏れ聞こえる人のざわめき。

どこかで火でも使っているのか、煙と良い匂い。

田舎と違うガチャガチャと騒がしく忙しそうな人たちの気配。


朝ごはんは何だろう。
美味しいものだと良いな。


思わず涎を垂らしかけて、目を細める。
バルコニーから覗く日が、湖に反射してきたから。
朝もやが少しだけ寒いけど、我慢できない程じゃない。

綺麗だなぁ……。


ぼーっとそれを見つめていると、
チリリンっと鈴の音が鳴った。

ローニカだろうか。


「おはようございます、レハト様。
よくお眠りになられましたか?」


振り返れば、思った通り白髪頭の侍従が折り目正しく言葉を待っている。


「おはよう、ローニカ。
よく眠れたよ、ありがとう」


笑って告げると微笑まれた。



「本日は城内を一通りご案内いたします。
まずは服装をお整えいただき、朝食へと参りましょうか」



言われて気づく。
昨日、着替えさせて貰った服のまま眠っていたらしい。


村の近くには川があったから、
そこで洗顔やらシャワーやらと済ませていたものだけど
ここだとどうしたら良いんだろう。


毎日のようにお湯を使うような習慣は彼らには無い。


当たり前だ。

日本の様にお風呂に特化した文化自体、珍しい。


夏は、湿気でじめっと汗をかき、
冬は、寒く体の芯から冷える。

そういう特殊な空間だったからこそ、あんな風に風呂分化が花開いたんだと
この世界に来て思う。


まあ、理解出来るのと
お風呂に入りたい!と思うのは別の感情だけども。

一応、試しにローニカに聞いてみようかな。


「あの、ローニカ。
湯あみというか、お湯と、体を拭く布とかがあると
嬉しいのですけども……」


あ。しまった。
コレだと桶でお湯を大量に消費する面倒くさい用意を
させることになる。



「こ、このくらいの入れ物に、お湯少しと
布の2、3枚と、手に収まる位の桶があれば」


湯差しのような長筒状の入れ物を表すように
手で描いて、他の物も同じようにジェスチャーする。


せめて、お湯とタオルで
体や顔を拭く位は、というのが私の毎日の習慣だ。


家に居た頃は、大き目の鍋でお湯を沸かし
週に一度は、樽にお湯を入れて入るという生活もしていた。

樽は、縦幅40センチ程で
湯船とまでいかないのが残念だったけども。
それでも、お貴族様かと言われかねない生活に思えそうだ。

水が豊富な地域だから出来た技とも言える。



ワタワタと両手の動く範囲の小さいものを用意してくれるように言う私に
少し驚いた様子のローニカ。


まずかったかな。


そう思う間に彼はこくりと頷き、口を開いた。


「少々お時間がかかりますが、それでもよろしいでしょうか?」

「あ。はい。お願いします」


笑みを浮かべて言うと、ローニカは少し困ったように笑う。


「そのように敬語をお使いになられずとも宜しいのですよ。
私めは、従者なのですから」


「う……ん。そうですか。いえ、そうかな?
ごめんなさ……ごめん。でも、ありがとう」


気づかいに礼を言えば、ニコリと微笑まれた。

愛しい子どもを見る目だ。
うーむ。やっぱ、子どもって思われてそうだ。


「私は、厨房に行ってお湯を貰って参りますので
何かありましたら……」


言いながら、そっと軽く後ろを見るローニカ。


そこには、緑黄色の髪をボブカットにし、
くりくりとした瞳を輝かせる少女の姿があった。

顔のそばかすと、タレ目。純朴な雰囲気に似合う小柄さ。
メイド服のようなものを着て、彼女はぺこりと頭を下げる。


「彼女に申しつけ下さい。
今後、私と共に貴方様のお世話を担当いたします、サニャです」


言って、ローニカは私から見えるようにと
サニャの背中を軽く押す。


「さ、サニャ、ご挨拶なさい」


ローニカに促されて、緑黄色の大きな目がパチパチと何度も瞬く。
私を見て、彼女はたどたどしく口を開く。


「あの……サニャ・イニッテ=コノラ、です。
どうぞ、よろしく、おねがいします」


こくりと頷き、それに返事を返す。


「レハトです。
これから、迷惑をかけるかもだけど、よろしくね」



手を差し出すと、彼女は少し意外そうにしてから
何かに納得したのか、手を取ってくれた。

笑った顔が純粋そうで、とても良いと思う。


ただ、ローニカがお湯を持って来てくれるまで
彼女と二人っきりになることになる。


んーっと。どうしたものかな。



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