母の死





御母さんが死んだ。


そう、私が14になる頃に死ぬのだと
分かっていたはずなのに、涙が止まらなかった。


この世界で、唯一、私の居場所だった人。


違う世界の記憶がある。

そう私が冗談交じりに言っても、真剣に取り合って
考えてくれる人だった。

誰よりも信頼し、厳しく、時に優しく接してくれる唯一の。



この時が来たら、
タナッセや、ヴァイルに会えるのだ。
リリアノや、ローニカ、サニャが……と想像していたのに、
何もする気が起きなかった。


彼女の死因が何か分からず、
13を過ぎた頃から怯え始めた私を、母は、毎日のように宥めてくれた。


人はいつか死ぬ。


その時に、誰が泣いてくれるか。
その時に、どれ程、幸せだったかが分かる。


私は幸せなんだと母は言った。


息子が、こうして立派に成人を迎えるだろうと分かる。
息子が、私を愛してくれている。


私の認識は、女だった過去を引きずっているから
『息子』や『彼』と言われると、いつも首を傾げるが、
この世界では成人するまでは息子であり、
きょうだいは『兄弟』と呼ばれるらしい。


それが分かっている母は、クスリと微笑んで言う。


「大事な『娘』のお婿さんがどんな人になるかは、
アネキウスのお導きによるのかしらね……」


さらりと撫でられるのは額にある選定印。
みっともないからと、外に出る時は布で隠しているアザだ。
その理由を知っていながら、私は知らないふりを14年続けた。


母に少しでも笑っていて欲しくて。
母の為にと働いて、生活を繰り返す。
そうしているうちに、この村に居場所が出来ていく。


土豚のいなし方や、藁の干し方、麦の収穫。
土にまみれ、動物を狩り、時に村人たちと話す。


お城に行ったらいらないであろう知識も、
風土も、人々も大好きになっていた。



だから、布を外すのを躊躇った。
母が必死で守ってくれた14年。
これから続くかもしれない穏やかな日々。


ああ、男に変化するのも面白いかもしれない。



それで、前世でやれなかったことをするのだ。

子どもを作って、奥さんと土豚をいなして、麦を作り
田畑を耕し、野菜を取って売り、
少しづつ儲けたお金で家を買って。



幼なじみのリファは、女性に変化するだろうか。
きっと美しくなるだろうから、
彼女に申し込むのも良いかもしれない。


いじめっ子のユアンは、今年男性に変化した。
何故か、近所では私とユアンでくっつけと、おじさんおばさんがはやし立てる。


ここで女性化してあいつとくっつくかもしれない未来は
正直、ごめんだと思う。




でも、そういう未来もあるかもしれない。



私は、自分の掌を見た。
子どもの手だ。
細く、小さく、何も出来ない手だ。


身長は、140pあるかないかだろうか。
正確には分からない。
ここには図る機械も、メジャーも無いのだ。


ただ、思っていたよりも、大分小さいと思った。
これで城に行くのか、とも。


「…………」


それでも。


もしかしたら、
未来を少し知っている私が城で動くことで
何か変化するのではないか。



私は、物語の主人公のようにはなれないだろうが、
一石を投じること位は出来るのではないか。



そう思ったら、少しだけ胸に明かりが灯った。


母を置いて行く不幸をお許し下さい。
我が父母たる偉大なるアネキウス。



そして、ちょっとワクワクしていることも許してね、母さん。
私は、彼らが大好きなのだ。



母の死に悲しみ涙し、それでも前を向けたのは
純粋な好奇心と、野望。


リリアノを助ける。


出来れば、他の誰かとくっつく、とか……。
まあ、私の容姿じゃ無謀か。


苦笑しながら、私は、常に巻いていた布を取った。


日に当たる額。
淡く緑色に輝いているのだろう。
私からは見えないが。


キラキラと日光が、私を包む。
泣き晴らした目に、眩しい朝日はものすごく沁みる。


そんなことを思いながら、
近い未来来るであろう迎えに思いをはせた。







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