迎え
「ど、どうなんですか?」
「……間違いございません。 これは、アネキウスの選定印」
数日前、村長が様子を見に来てくれた。 その際に、何かの病気ではいけないからと額を見せることになった。
なんとまあ。 ゲームの通りだ。
……いや、通りのような気がする。
なにせ14年も前にやったゲームの話だ。 記憶と多少違うとしても、分からない。
私は、ここ数日、 リリアノを助けようと前向きになったり 母が死んでもう私も死ぬのだと、後ろ向きになったりを繰り返す日々で ここが夢想ではないかとどこかで思ってしまっている。
それでも、現実は動き、白いひげを蓄えたがっちりとした人物が こちらを見る。
ローニカ。
彼の名前も、彼の裏の職業も、 色々知ってはいるが、それを表に出すわけにはいかない。 私は、じっとその瞳を見上げた。
「改めてご挨拶させていただきます」
彼が微笑むと目じりに皺が出来る。 好々爺といった風情の彼が、護衛も兼任するスペシャリストだとは 誰も思わないだろう。
そう思いながら、彼の言葉に頷く。
低く落ち着いた声で、彼は身分を明かした。
「私はローニカ・ベル=ハラド、この国、 リタントの王城にて侍従を拝命しております」
ローニカ。 リタントの王城。
彼の口から洩らされる言葉に、ああ、現実だったのだと 改めて知る。 痛くないのではと腕をつねってみれば、かなり痛かった。
その様子をチラリと目線だけで見てから ローニカは、言葉を続ける。
「貴方様の額に輝くは、 アネキウスの手に寄る王の後継の証。 貴方様をお迎えにあがりました。 どうぞ、私めと共においでください」
「…………」
咄嗟に言葉が出なかった。 何度か瞬きを繰り返し、そしてようやく声が空気に乗る。
「はい」
「…………」
私の様子に、しばらく何かを考える風情だったローニカが 少し複雑な表情で微笑んだ。
「それがよろしゅうございます。 快いご返事をいただけて、私めも安心いたしました」
彼女のために。 ローニカ自身の考えのために。 そして、ほんの少し私の身の安全の為に。
そう感じ取って、薄く微笑む。 そんな私の様子をローニカは、じっと観察するように見てから どう思ったのか、一つ頷くだけにとどめた。
「お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」
頷いて、自分の名前を声に出す。 思えば、声を出して喋るのも村長に会った時以来だと苦笑した。
「レハト」
自分の声なのに、どこか他人のようだ。 待ち焦がれる間にかすれてしまっているのだろうか。 そう思ったが、ローニカには聞こえたらしい。
「レハト様で宜しいでしょうか?」
確認を取るローニカに頷くと、彼は私の背を軽く押す。 連れていきたい場所があるようだ。
「では、早速でございますが、出発いたしましょう」
言いながら既に、鹿車が目の前にある。 兎鹿がひく、鹿車(かしゃ)。 人よりも少しだけ早いというそれは、田舎では見かけるはずもない 豪華な箱だ。
見とれるようにその箱を見つめる私の前で その箱は開かれる。
そっとエスコートしてくれるローニカは、こうしたことに 慣れているようだ。
「準備は必要ございません。 必要なものは、あちらで全て揃えております。 貴方様の身一つでおいでくだされば、ただそれだけで」
その言葉を、色の無い世界にいるかのように 耳の上で聞く。
頷いたような気もするが、どうだっただろう。 まるでおとぎ話の中に入っている気がする。
現実味が急に遠のく。
御母さんは、本当に私の母だっただろうか。 選定印は、私の額にあるのだろうか。
ここは、夢ではないのか。
末だ病院で寝ていて、目が覚めたら学校に行かなくちゃと 焦る日々に戻るのではないか。
「さあ、参りましょう」
それでも、現実は待ってくれない。 躊躇っていれば、押し込まれるようにして乗った鹿車は がたごとと音を立てて、進んでいく。
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