2年間も放置していたサニー号は、傷一つなく綺麗なままだ。そしてもうコーティングがされており、いつでも出航が出来るようになっている。
『…海軍なら、サニー号をまず狙ってくると思ったんだけど……』
とりあえずサニー号に乗り込もう、とシアンはシャボンに包まれたサニー号に足を踏み入れた。
すると、船にはすでにフランキー、ロビン、ナミ、チョッパー、ウソップが乗っていて、さらにシャッキーとレイリーも居た。
『みんな!』
「!シアン!!」
ワッとシアンに集まる。ナミなんかはその豊満な胸を押し付けて抱きついてくる始末だ。
窒息死しそうなシアンを助けたのはウソップ。そしてその胸から解放されたシアンに、チョッパーがぴょんっと抱きつく。2年前よりもふわふわな毛並みのチョッパーにシアンも癒されたのか、ぎゅうっと抱きしめ返す。
「遅かったな、シアン」
『これでも早く来た方だよ!新世界からここまでどれくらい距離があると思ってるの!!』
「フフ…、その帽子も似合っているぞ」
『へへ…ありがとう』
照れ隠しのように帽子で顔を隠すシアンに、ナミ達も微笑ましく見つめた。
エースの処刑から早2年。2年前と変わらないシアンだが、やはりどこか雰囲気が違う。1日も一緒に過ごした事はなかったけれど、それでも仲間だ。違いくらい分かる。
それでもそれを言わないのは、シアンはもう乗り越えているからだ。
『そうだ、ストライカー乗せてくる!』
「どこに乗せるか分かってんのかァ?」
『分かってるー!』
心配そうなフランキーにも軽く返すと、シアンは船から降りてストライカーを取りに行った。
その後レイリーも船から降り、一人ある場所へ向かった。が、それよりも先にシアンがレイリーを見つけ、声をかける。
『あ、レイリーさん!』
「ん?何だ?」
『…ありがとう』
真っ直ぐなシアンの感謝の言葉に、レイリーは目を閉じて笑った。こう見えてレイリーは、出逢った頃から変わらないシアンの事を気に入っているのだ。
初めて出逢ったのは、それこそまだ幼い頃――ロジャー海賊団の一人であるギャバンがまだ生きていた頃だ。彼の腕に抱かれたシアンは、レイリーを見てふにゃりとそのゆるゆるな頬を更に緩めたのだ。
まだ当時の事を鮮明に覚えているレイリーは、更に笑みを濃くした。
「…今のシアンの姿をギャバンに見せてやりたいな」
『!!』
咄嗟に零れたレイリーの言葉に、シアンは目を丸くして驚く。何故なら、今までレイリーの口からギャバンの名を聞いた事が無かったからだ。
それもレイリーがシアンの事を想って口にしなかっただけで、本当ならギャバンの海賊時代を沢山話してやりたかったというのがレイリーの本音だ。
『レイリーさん』
ストライカーを陸に乗せ、シアンは上にいるレイリーを見上げた。少し遠いせいか、表情はぼやけて見える。
シアンはグッと拳を上に突き上げ、ニッと口元を釣り上げて笑った。
『私はもう、負けない!!』
それは、シアンの誓いだった。
力強いシアンの言葉に、レイリーは目に涙を浮かべて笑みを浮かべた。その眼差しは、まるで娘に向けるそれのようだ。
「あァ…、行ってこい!」
背中を押すように吐いた台詞は、見事にシアンを笑顔にした。
「あら、乗せれたの?」
『うん!バッチリだよ』
「ふふっ、その帽子、とっても似合ってるわ」
「あ…ありがと…」
ロビンにも褒められ、シアンの顔は茹で蛸状態だ。無理もない、好きな人の帽子を被っていて褒められるなんて、これほど嬉しいものはないだろう。
『そう言えば男連中来てないね』
「時期に来るんじゃないかしら?」
『遅いなあもう…』
シアンがぶつぶつと文句を言っている頃、まだ来ていない男連中はルフィを筆頭に大騒ぎを起こしていた。
「おいルフィ〜〜!!!」
「ルフィ!! やっぱりか!! 何でてめェは常にトラブルの渦中にいるんだよ!!!」
「あ〜〜〜〜〜!!! ゾロ!! サンジ〜〜!! うわー!! 今度は間違いねェ!! ひっさしぶりだな〜〜!! お前らァ!!」
走ってくるゾロとサンジに、大きなリュックを背負ったルフィは満面の笑みを見せる。今度は、と言うのは、先程まで偽物の後ろをついて回っていたからだ。
そんな時、走っているゾロとサンジをパシフィスタが襲ってきた。2年前と全く変わらないくまの姿のそれは、またもや2年前と同じように手のひらからビームを出そうとした。
――が、
「「どけェ!!!!」」
サンジは首を、ゾロは体を斬った。
2年前とは大違いなその実力に、周りにいた海賊達も驚きで目が飛び出していた。
「おいルフィ、お前は9番だぞ」
「黙れ、てめェどんだけ自慢だ!! ルフィ急げ、みんな船で待ってる」
「おう!! いやー、嬉しいな〜。2年振りだな〜〜!!」
ドッカァ…ン!!!と爆発音が鳴る中、ルフィ達は再会を懐かしんでいた。2年ぶりとは思えない程会話が弾み、どうやら周りの状況が見えていない様子。
しかし、いつまでもそうしている訳にはいかない。3人は急ぎ足で船へと向かう。が、途中でルフィはザッと立ち止まった。それに気づいたゾロとサンジも足を止め、ルフィへ振り返る。
「レイリーーーー!!」
大声を上げてこの2年間お世話になった恩師の名を告げるルフィ。レイリーの姿は遥か丘の向こうで米粒ほどの大きさだが、ルフィにはしっかり見えていた。
「フフフ…。一応様子を見に来たが、問題なさそうだな…。更に力が洗練されている…!!」
「うん!!」
「――では……早く行きなさい。仲間達の元へ…、シアンも待っているぞ」
「!!」
シアンの名前にルフィは一瞬ピクリと反応した。妹の名は、やはり特別なようだ。
「うん!! レイリー、2年間本当に色々ありがとう」
「…フフ…、改まる柄じゃない…。…早く行け…」
ルフィはレイリーの言葉を聞きながら、背負っていた大きなリュックを地面に降ろす。そして、先程のシアンと同じようにグッと拳を上に上げた。
「………レイリー、おれは……やるぞ!!」
「?」
突然のルフィの言葉に、レイリーは目を丸くして首を傾げた。
「“海賊王”に!!! おれはなるっ!!!!」
やっと聞けたその台詞に、レイリーはまた瞳に涙を浮かべた。口元は緩く弧を描いている。
あの日、弱音を吐いた少年は、ああしてまた海賊王になる事を口にした。その事がどれだけレイリーの心を揺さぶったのか、きっと誰も想像がつかないだろう。
「“麦わら”を討ちとれェ〜〜!!!」
「おっとっと。じゃ、レイリー!!」
「急げルフィ」
「レイリー、世話んなった!!」
「本当にありがとう!!!」
海軍に追いつかれ、ルフィ達は止めていた足を再び動かす。走りながらルフィはレイリーに向かって手を振った。
「行って来る!!!」
ボコボコに殴り倒した日もあった
雪が降る中、暖かい火を囲んで肉を食べながら笑い合った日もあった
その全てが、今鮮明に蘇る
「……ああ…」
「追え!!!」
もう、心配はいらない
「頂点まで行って来い!!!」
そうしてルフィ達を見送ったレイリーは、これ以上ルフィ達を追わせないために海軍の前まで降りた。
キキィー!と地面に刀で線を引き、その切っ先を海軍へ向ける。
「弟子の船出だ。よしなに頼むよ…」
「この線は……」
「越えない事を…勧める…」
鋭い眼光で海軍を牽制したレイリーの姿は、まさしく海賊王の右腕に相応しいものだった。
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