最愛の君へのプレゼントは
やっぱり君が笑顔にならなくちゃ
これが 俺にできる 愛する君への
最後のプレゼント人と人の間を縫うように、鎮目町を歩く。さあ、どこへ行こうか。
「…そうだ」
ぽん、と頭に浮かんだ場所。少し遠いが、行けない事もない距離だ。
「…行こっと」
これで、最後
優衣は足を踏み出す前に後ろを振り返り、鎮目町を目に焼き付ける。暫くそうした後、優衣は髪を翻して歩き出した。
その足取りには、何の迷いも見えなかった。
――着いた先は、優衣にとってとても思い出深いところだ。
「…懐かしいなあ……。ここで真白に出逢ったんだっけ…」
そう、思い出深き場所とは、夢宮真白と出逢った場所のこと。
そこは貧困で、明日生きる事さえ困難な町だ。
「…もう、人一人いない…」
あの頃は、まだ人は居た。
記憶もないし、どこか抜けている優衣はこの町の人間のいいカモだった。だから何度も何度も物や金を盗られたのだ。
夢宮真白も、例外ではなかった。
けれど、盗れなかったのだ。
「…ごめんなさい。もう、何も持ってないの…ごめんなさい…」その言葉に、夢宮真白はチッと舌打ちを鳴らす。優衣は最後まで謝って、その場から立ち去った。
――これが、二人の出逢い
「ふふふ…。あの頃の真白は可愛かったなあ…」
もう寂れた建物に沿いながら、一つ一つを思い出す。あの時は、まさか真白がクランズマンになるだなんて思いもしなかった。
「…ごめんね、真白。……ありがとう」
沢山、謝りたいことがある。
沢山、お礼を言いたいことがある。
「…私も、そっちに行ってもいいかな」
ぼそりと呟いた瞬間、強い風が吹いた。
その風のせいで、優衣の髪は靡き、咄嗟に髪を手で押さえる。
――ジャリ、
誰かの、地を踏みしめる音がした。
もうこの街には、人はいない。全員移動したか、死んでしまったから。そんな街に人は寄り付かない。
ならば、何故そんな音がするのだろう。
「――追いついた」
嘘だと、言いそうになった。
背後から聞こえてきた声に、優衣は戸惑いからかなかなか振り向くことが出来ない。
そうしている間にも、足音は着々と数を増やしていく。
「…勝手に消えてんじゃねェぞ」
絶対的な王の、存在感
優衣は有り得ない、と思いながらも漸く後ろを振り返った。
「っ……なん、で…」
そこには、吠舞羅のみんなが勢揃いしていた。
「どうして、ここに…。忘れたんじゃ…、成功、したはず……」
「確かに、優衣の力は成功しとった。流石泡沫の王や。あの時、俺らは確かに“忘れた”」
草薙が煙草を口に咥えながら話し出す。
ゆるり、と閉じていた瞳を開けたと思ったら、優しい眼差しを優衣へと向けた。
「優衣ならもう分かるやろ。泡沫の王の力を抹消する程の力――…。その持ち主のことを、誰よりも優衣は知っとるはずや」
その言葉に、優衣の頭にはたった一人しか思い浮かばなかった。
「…りえない、有り得ない。真白は、私の副作用を消すために力を使った。だから、真白が私の力を消すなんて、そんな…」
「…クランズマンの力は一度。だけど、その一度に何回も願ってはいけない、なんて制約があるの?」
十束の問いかけに、優衣は何かを悟ったように薄く笑った。そうか、そういう事だったのか。
「ほんと…ずる賢いというか…。流石真白だよ…」
そうだ。夢宮真白と言うのは、どこまでも排他的で、利己的で、
どこまでも優衣を、愛しているのだ。
「…完敗だよ、真白」
涙を一粒落とし、優衣は吠舞羅を見た。みんな笑顔で此方を見ていて、八田なんかは今か今かとそのうずうずする体を懸命に抑えている。
「…っとに…」
優衣が一歩、足を踏み出す。瞬間、八田が先頭でみんな優衣へと飛び込んだ。
もみくちゃにされる中、隙間から見えた周防は口角を上げている。それだけで、優衣は十分だった。
「…ただいま、キング」
ただいま、吠舞羅
優衣の言葉に、吠舞羅のみんなが泣き出してしまったのは言うまでもない。
季節はすっかり夏。
窓の外から見えるギラギラと地面を照りつける太陽を見て、優衣は思わずめを細めた。
「なあなあ、結局さ、優衣は王の力を失くしたのか?」
「ミサくん。んー…微量だけど、使えることは使える。けど前よりかは確実に落ちたかな」
「ふーん…まっ、その方が安心すっけどな!」
「安心?」
「だって、今の優衣はもう俺たちの記憶を勝手に消して居なくなったりできねェって事だろ?」
「う、うん」
「ならいいや!」
八田は心底嬉しそうに周防達の元へ駆け寄る。その後ろ姿を眺めながら、優衣はぼんやりと意識を外へ飛ばした。
何故、吠舞羅のみんなが記憶を失わなかったのか。
これもまた、夢宮真白のお陰だった。
夢宮真白は、“優衣の副作用が消える”という願いと並行して、もう一つ願っていたのだ。
“いつか、優衣に大事な奴が出来た時は、優衣の王の力が徐々に消えていきますように”
その願い通り、徐々に力が消えていっているのに優衣は気付かず、結果的に最後、吠舞羅のみんなの記憶を奪おうとした頃には力が半分以下にまで消えてしまっていたのだ。
誰かの記憶を奪うには、相応の力がいる。だからこそ優衣は記憶が奪えなかったのだ。
「(…ね、真白。今どこにいる?)」
会いたいよ、どうしようもなく
ふとした時に思うのは、ただそれだけ。
吠舞羅にいて、何不自由ない生活に、大切な仲間と過ごす日常。
けれど、どうしても思ってしまうのだ。
ここに、真白も居たなら、と。
「(ほんと馬鹿。もうこの世界にも…他の世界にも、真白は居ないってのに)」
苦笑いしながらカウンターに腰掛けていると、バーのドアが開いた。
吠舞羅のメンバーは今、全員バーに集まっている。ならば、考えられるのは一つしかない。
――客だ
草薙はキラン、と目を輝かせて、他のみんなもゴクリと固唾を呑むようにドアを見ていると、
「チッ…何でこんなに暑いんだよ、クソ。暑いってだけでイライラする…」
聞こえてきたあまりの口の悪さに、草薙だけじゃなく八田達も頬を引きつらせる。
けれど、優衣だけは違った。そんな優衣の様子に気付いたのは、カウンターの中にいた草薙と、周防と、十束。
草薙が優衣に声をかけようとするが、それよりも先に口の悪い男が中へ入ってきてしまった。
「随分洒落た店だなオイ。…あ?何こっちをジロジロ見てんだよ、見んなよクソ共が」
「な…テメェ!誰にンな口利いてやがる!」
キレたのは八田だった。座り込んでいた八田は立ち上がり、男の元へ今にも殴ろうと拳を構える。
けれど、それを止めたのは思いもよらない人物だった。
「待ってミサくん!」
あまり聞かない優衣の大声に、八田は驚いて危うく転けそうになる。
優衣は椅子から立ち上がり、目を見開いてバーの扉へと一歩一歩近づく。ゆるゆると持ち上げられた腕は、男へと伸ばされている。
男も優衣を見た瞬間、先程までの苛立ちを消し、ふわりと優しげな笑みを浮かべた。
「…よ、」
「よ、…って、なんで、偽物…?」
「な訳ねェだろうが。本物だ本物」
「だって、殺されたんじゃ、いや、そもそもこの世界には…なんで…」
「いろいろあったんだよ。…で、いつまでンなブッサイクな面してるわけ?言っただろ、泣きたい時には泣けって」
男が優しく優衣の頬を包むと、優衣は大粒の涙をぼろぼろと流した。
「…いたかった。会いたかった…会いたかった…!
真白ぉ…!!」
優衣の口から出た名前に、吠舞羅のみんなは驚いた。
「真白って…優衣のクランズマンじゃなかった?」
「姫百合に殺されたって聞いとったけど…」
「てか口悪…」
そんな言葉が飛び交う中、優衣は漸く真白の胸元から顔を上げた。
「…帰ってくんの遅くなって悪ィな、優衣」
「んーん…おかえり、真白…!」
「…ただいま、優衣…」
何故、どうして、
沢山の疑問が浮かぶが、どうでもいい
真白がこうして目の前にいるのなら、もうなんでもいい
「もう、どこにも行かねェから」
騒がしいバーの店内で、真白がそっと優衣に囁く。
その言葉に、優衣も嬉しそうに笑った。
end.
→あとがき