この大きな愛はあなたのためだけに

ガムトの道標でシュルク、フィオルンと別れたカルナはラインと一緒に歩き始めた。モンスターを倒し、それが落とすアイテムを一定数集める。それがふたりの目的である。ガウル平原は広い。どこまでも続く果てない大地のように思えるほどに。モンスターを発見すると、ラインが攻撃を始める。いつもは三人での戦いだが、今日はふたりきり。カルナは少し離れたところから彼を援護しつつ、隙を見ては攻撃をする。モンスターの攻撃を受けたラインを癒やすことも、彼女の重要な役割である。青白い光がラインを包む。彼は「ありがとな!」と言いつつ、攻撃を繰り返す。それを何回か繰り返すことでモンスターは大地に崩れ落ちる。目当てのアイテムを拾い上げて袋へと仕舞いこむラインに、カルナはもう一度ヒールを唱える。

「俺とカルナならこんな相手楽勝だよな!」

ラインが言う。短く刈り上げた赤毛が僅かに風によって揺れる。カルナは笑った。ラインはやや単純なところがあるが、仲間の背中を護るという強い責任感を持った男である。熱血的なところやそういったところをカルナは高く評価していた。かつては婚約者であったガドの姿をラインに重ねている部分もあったけれど、今はそうではなくて。ラインという存在を心の底から仲間として、そしてひとりの男として認めている。ラインもまた何かとカルナを気にかけている。ふたりの関係は友情と呼ぶには色も形も違う。しかし、恋人であるとか、そういったものでも今のところは無い。どこか、不思議な関係であった。ラインはカルナを守り支えることを願っていたし、カルナもまたラインを大切に思っている。それは仲間であるから、という意味も確かにあるけれど、違ったなにかもあるような気がした。ひどく曖昧で、考えれば考えるほどわからなくなる。カルナはふう、と息を吐いてから、数歩先を行くラインを追った。曖昧だからこその感覚なのかもしれない。そんな事を少しだけ思いながら。


やるべきことを終え、カルナとラインは拠点とする場所まで戻る。道中、モンスターと出くわしたが例によってさっくりと倒した。まだ夕方と呼べる時間ではない。けれども、朝とは違う空気がそこにはある。あたためられたそれがラインを、カルナを包み込んでいる。歩きながらも、カルナは目の前を行くラインを見ていた。大きな背中。頼れる存在だ、間違いなく。カルナは気付いている。胸の中にひとつの想いが芽生えつつあることに。反対にラインは気付いていない。自分の胸に芽生えつつあることにも、彼女が抱きつつあるそれにも。だからこそ、だろうか。先程のように、曖昧な関係が妙にしっくりと嵌ってしまうのは。考え事をしている間に、ラインとカルナの間が開いていた。足音が遠くなることでそれに気付いたラインは、一度大きな疑問符を浮かべてから彼女へと歩み寄る。「どうかしたのか?」と驚きながら。

「え…?あ、なんでもないわ」

ちょっとぼーっとしちゃっただけよ、とカルナはからからと笑った。ごめんね、と付け加える彼女を見てラインは少しだけそれを疑ったものの、すぐにそういったものを振り払い「ならいいんだけどさ」と頭を掻きながら言った。カルナは芽生えつつある想いの芽を、守るように、そして隠すように両手で覆う。まだ、気付かれなくていい。まだ、口にしなくてもいい。「その時」はきっと来る。それまでは、どうか――。


ラインとカルナが戻ると、そこにはメリアとダンバン、リキの姿があった。どうやらシュルクとフィオルンはまだ戻ってきていないらしい。ダンバンは自らの刀の手入れをし、メリアはリキと何やら話をしている。それほど深刻な話ではないようだ、時々リキはぴょこぴょこと跳ね、メリアも時折くすりと笑う。戻ってきたふたりに彼女たちは気付き、それぞれが「おかえり」といった台詞を口にして出迎えた。少し、薄暗くなりつつあった。それでもまだ空は青さを失ってはいない。

「どうだった?そっちは」

ダンバンが顔をあげて問う。彼はホムスの英雄とも謳われる存在だ。フィオルンの唯一の家族でもある。

「ああ、俺とカルナがいれば余裕余裕!」
「また、調子に乗って…」

胸を張るラインにカルナが呆れたように言ったが、その声色は優しげだった。ダンバンはそうか、と言い自分たちも依頼を達成出来たと口にする。

「お疲れ様、ダンバン」

カルナが言うと、ダンバンは大きく頷いた。会話をしていたメリアとリキも帰ってきたばかりのふたりの側まで行き、その目をふたりの方へ向ける。この三人もそれほど疲れてはいないようだ。

「もうすぐシュルクたちも帰ってくるだろう」

メリアは言う。遠くを見つめながら。頭の白い翼がはたはたと揺れている。そんな少女の姿を見るダンバンの目は穏やかなものだった。リキはくるくると回転し、時々ぴょんぴょん跳ね、どこか楽しそうだ。ラインが「おっさんは何やってるんだよ」とからかいつつ、彼の側へと行く。幼く見えるリキだが、実は妻子持ちである。そういった事実と年齢を知った時、ラインたちは大層驚いた。あの日はもうずっと前で、それでも出会った日のことはよく覚えている。かけがえの無い仲間となったその日のことは。きっと、これから忘れることもないだろう。


「あ!シュルクとフィオルンだも!」

リキが跳ねる。先程よりも高く。緑の先に、ふたりの姿が見えた。ラインが「おっ!」と言いながら手を振る。カルナも黒髪を靡かせながらそのふたりに視線をやる。ダンバンもいつの間にか立ち上がっていて、メリアはというとそんな彼の隣に立ち優しい目で少年と少女を見やる。

「――ただいま、みんな」

シュルクがひらひらと手を振った。空が少しずつ茜色に染まりつつあった。フィオルンも微笑っている。ゆっくりと狭まっていく距離。ずっと一緒に旅をしている。毎日、共に生きている。だからだろう、数時間離れていることで寂しさが生まれてしまうのは。それでもその寂しさは、集うことで溶けていく。雪が清らかな水へと変わるように。音も無く。

「怪我はしてないか?大丈夫か?」
「大丈夫。ね、シュルク」
「うん。たくさん歩いたから、少し足が痛いけどね」
「あら?それじゃあ、私が治してあげる。こっちに来て」

カルナがシュルクを連れて、少しだけ輪から離れる。フィオルンは?とカルナが振り返って言うと、機械の身体を持つ少女は首を横に振って、なんでもないと告げた。答えを聞いたカルナはそのままシュルクを連れて行く。フィオルンは兄の隣へ歩んだ。兄は優しい眼差しを向けている。お互いに何も怪我がなかったことを、無言で喜んでいた。

「それじゃあ、夕食を作ろうかな。みんなお腹すいてるよね?」
「リキ、お腹ぺっこぺこだも!」
「ふふっ、私もお腹すいちゃった。ちょっと待っててね。リキ。メリア、手伝ってくれる?」
「ああ」

フィオルンはメリアの手を取る。リキはまた体をくるくると回転させて感情表現をした。ダンバンはそんな彼の様子や、少し離れた場所でヒールを唱えるカルナとそれを受けるシュルク、そして近くで伸びをするライン、妹とメリアの笑う様子などを見てから、数秒間目を閉じ、それからまた瞼を開けて世界を見る。もうすぐ夜になる。時はあっという間に過ぎていく。自分たちを乗せて。治療を終えたカルナがフィオルン、メリアの方へと行き、シュルクはダンバンたちのいるところまで駆ける。足はもう良いらしい。カルナの腕は確かだ。男性陣は今日の報告をし合い、女性陣は夕食を作り。明日は依頼人へ報告に行き、燐光の地へ向かう。シュルク、ライン、ダンバン、そしてリキは様々な色と形をした言葉を交わし合う。目には見えないが確かな絆がそこにはあるのだ、と改めて実感しつつ。空はもう、青くはない。