この大きな愛はあなたのためだけに

「それじゃ、行ってきます」

朝が訪れ、ガウル平原に光が降り注ぐ。冷たかった風もいつの間にかあたたかさを増して通り過ぎて行った。シュルクはフィオルンと共にアイテム収集の為、この広い平原を駆けまわることになる。ラインはカルナと一緒に行動し、残りの三人もコロニーの住人から討伐を依頼されたモンスターを倒す為、シュルクたち同様にガウル平原を走り回る。シュルク、フィオルンとライン、カルナは途中まで一緒に行くことにした。具体的に言うとガムトの道標まで、だ。そこまではそれほど強いモンスターも出ない。とは言え、油断は禁物。何があるかはわからないものだ。シュルクの手にはモナドがあり、仲間たちも得物を持ち、或いは担ぎ。草の匂いと花の香りの中を行く。

「じゃあ、ここからは俺とカルナで、だな」
「ええ。シュルク、フィオルン。気を付けてね?」

ぐるんとラインは腕を回し、その隣でカルナは心配そうにシュルクとフィオルンを見る。その目を見たフィオルンは明るく笑った。「大丈夫よ」と顔に書いて。シュルクも大きく頷く。カルナはふたりの実力を知っている。これまで過酷な道を、共に駆け抜けてきたのだ。悲しみも、喜びも、ありとあらゆる感情を抱き、乗り越えて。それでも心配になるのは、仲間だから。仲間だから信頼しているし、強さも認めている。だが、それと同時に芽生えるそういった感情。人とは複雑なものである。カルナがそう思ってしまうのは、彼女がヒーラーであるからなのかもしれない。傷を癒やす治癒エーテルを専門とする彼女だからこそなのかもしれない。そんなカルナの隣でラインが「行こうぜ」と言った。彼は自信に満ちている。自分と彼女とならきっと大丈夫だ、といったものが。カルナ自身もラインとの連携に自信はある。カルナはふ、と笑い首を縦に振った。それから別れ行くシュルクとフィオルンにもう一度「気を付けて」と言い。ふたりも大きく頷いた。「カルナたちも怪我とか気を付けてね」というフィオルンと、「ありがとう」というシュルク。ふたりの姿が小さくなるまで、彼女は背中を見続けた。傍らのラインとともに。


「よし、これで全部集まったかな」

シュルクがそれを拾い上げて言う。気がつけばもう夕暮れ時だった。簡単な昼食を挟んで、長い時間をこの平原で走り回っていたのだ。シュルクとフィオルンの頭上を大きな鳥が飛んでいった。アイテムを袋にしまい、彼はそれを担ぐ。フィオルンはそんなシュルクの姿を見て、それから遠くを見る。果てしない緑の大地。芽吹く命と、駆ける命。それじゃ戻ろうか、と言うシュルクにフィオルンは頷いて自分が振るう武器をぎゅっと握る。比較的モンスターの少ない場所を拠点として、数日間を過ごしてきた。明日、今日こなした依頼を報告、アイテムを渡したら、ザトールまで行く。そういった計画を立てたのはシュルクと、フィオルンの兄であるダンバンのふたりだった。そのダンバンは今日、ノポン族であるリキと、ハイエンターであるメリアと一緒にモンスター退治に向かった。もしかしたら自分たちが最も早く拠点に戻るのかもしれない。そんな事を思いつつ、シュルクは一歩ずつ歩む。

「シュルク」

隣の少女に名を呼ばれて、シュルクは彼女の方を見た。黄昏時。茜色の光に照らされた彼女の顔が、とても綺麗に見えた。どきっとするほどに。

「怪我、してない?」
「大丈夫だよ。フィオルン」

シュルクは微笑んだ。つられるようにフィオルンも笑む。草原を行く足取りは軽い。

「君のおかげだよ」

彼がそう口にすれば、少女の頬が紅潮する。きっと、それは茜の光のせいではなくて。

「私が怪我とかしなかったのは、シュルクのおかげだよ。いつも…いつもシュルクは私のこと、守ってくれるじゃない」

フィオルンはゆっくりと綴るように言った。彼女がシュルクに抱くそれは大きくて。彼だけに向けられているもので。それでいてシュルクはそれに気付かないでいる。だからこそ、こういった曖昧な関係なのかもしれない。曖昧である同時に、何故かとても心地の良い関係でもあった。一歩を踏み出せばきっと変わってしまう関係。壊れてしまうことはないと思ってはいるけれど、少し怖くて、フィオルンは動けない。シュルクも動かない。それでも隣にいられるのだ、幸せと言っていいだろう。少女の言葉を聞いた少年も、頬が熱くなるのを感じた。

「うん。僕は……もう、失いたくないから」
「シュルク……」

コロニー9の惨劇。それをふたりは忘れてはいない。フィオルンは顔のついた巨大な機神兵に立ち向かい、それの鋭い爪と刃に貫かれた。失われたかのように思われた少女の命。シュルクは復讐に燃え、親友のラインと共に旅立った。フィオルンがどれだけ大切な存在であったか。それに気付いたのはフィオルンがいなくなってからだった。そのフィオルンであるが、彼女は本当は生きており、フェイスのコアユニットとして身体を機械化された。白い機体に乗り、シュルクたちと対峙したことすらある。紆余曲折の後、フィオルンはシュルクやダンバンと再会し、ともに戦う道を選んだ。その道の先に今があって、この先に道は同じもので。

「行こう。フィオルン。ダンバンさんたち、もう戻っているかもしれない」
「……そうだね」

シュルクとフィオルンは微笑み合って、それから足を早めた。次第に明るさを失っていく大地を。