この大きな愛はあなたのためだけに

「交代の時間だも!リキとメリアちゃんとダンバン、三人で見張りをするも!」

ノポンの勇者リキが飛び跳ねながら言った。背後に立つメリアとダンバンが頷く。炎を挟んで座っていたシュルクとフィオルンは「もうそんな時間なのか」といった表情をしつつ、静かに立ち上がる。衣服についた砂を払い、フィオルンはメリアのすぐ隣まで行く。フィオルンとメリアは特に親しかった。もちろん皆、仲が良いけれど同性で、種族が違う故に実年齢は離れているものの感覚としては同世代の友で。メリアは何かとフィオルンを気にかけていたし、逆もまた然り。そんなふたりを姉のように優しく見守るカルナ。女性陣の関係を語ればそのようなものだ。

「よく寝られた?」

フィオルンが言う。空は黒く、そこで控えめに光が輝いている。

「ああ」
「ならよかったわ」
「フィオルンもよく休め。明日も早いからな」
「うん。そうだね、メリア」

メリアとフィオルンがそういった会話をしている間、ダンバン、シュルク、そしてリキの三人も言葉を交わしていた。明日、明後日あたりですべての依頼を終え、次の目的地に向かおう、といった言葉を。次の目的地は「燐光の地ザトール」。かつてシュルクとライン、カルナ、ダンバンが巨神界上層部に向かう為に抜けた地でもある。深部から胎内に入り、そこから中層部のマクナ原生林へ行けるのだ。メリアやリキが一行と知り合った思い出の地へと。

「それじゃあ、よろしくお願いします。ダンバンさん。無理はしないでね、リキ。メリアも気を付けて」
「ああ、任せておけ」
「リキは勇者だから、大丈夫だも!」
「あとは私たちにまかせて、シュルクもゆっくり休め」

ラインの眠る場所へと向かうシュルクと、カルナのいる場所へ行くフィオルン。そんなふたりの後ろ姿を見送ってから、三人は腰をおろす。走って行く風は少しだけ冷たい。そっと心と身体に触れて、去っていく。

メリアはぱちぱちと音をたてる炎の向こう側にいるダンバンを見た。幾度と無く、自分を助けてくれた存在だ。彼は自分にたくさんのものをくれた。シュルク、ライン、フィオルン、リキ、カルナ。彼らもそうではあるけれど、ダンバンのことを思うと心は震える。それは時に大きかったり、小さかったりするけれど、確かにそうであって。ダンバンがメリアを見た。目が合って、心が揺れる。どうしてこんな風になるのだろう?メリアは答えを見つけられずにいた。ダンバンも何か言葉を探している様子だった。リキも空気を読んで黙っている。そこに彼の優しさを感じつつ、メリアは視線を静かに動かして夜空を見上げた。アカモートで生活していたころもよく空を仰いだものだ。あそこから見えるものとは、当たり前だけど少し違って、その違いは少女の胸になにかを抱かせる。もう数時間経てば闇は音もなく去って行って、光が大地を照らす時が来る。青い空が全てを見下ろす時が。そうしたら自分たちは行動を開始するのだ。明日で受けている全ての依頼を終わらせて、明後日には報告し、それからザトールを目指す。計画はシュルクたちがしっかりとたてている。炎の揺らめく先で黙するダンバン。

「メリアちゃん」

ふいに、リキが口を開いた。

「何だ?」

メリアは首を捻った。ダンバンもリキの方を見ている。

「さっきから、ちょっとだけ、悲しそうな目をしてるも。リキ、心配だも」

複雑な想いに揺らぐ自分のことを、リキは確かに見ていたのだ。リキは明るく、ムードメーカー的存在である。けれども時にどきっとする程、大人な面を見せる時がある。何人もの子どもを育てた父の輪郭がよく見える時がある。

「そ、そうか?少し考え事をしていただけだ」

すまない、リキ。そうメリアは付け加える。するとリキは大きな目でふたたびメリアのことを見る。ダンバンは黙ったままだ。

「そうなんだも?」
「ああ、私なら大丈夫だ」
「でも、リキ、メリアちゃんの力になりたいも。悲しい時、おなかぐーぐーになって、力が出なくなっちゃうんだも」

リキはそう口にしながら俯いた。また、風が吹いていく。夜を走る風が。

「……リキ」

ハイエンターの少女は静かに立ち、リキのすぐ隣へと移動した。それからそっと彼のことを抱き上げる。ふわふわとしたリキは目を丸くしている間にメリアの胸元に抱きしめられていた。「ありがとう」という言葉とともに。メリアは目を閉じた。自分で自分の心がわからなかった。それでもいいとリキは言ってくれているような気がした。満点をもらえるような答えは出なかったけれども、メリアは満足だった。たくさんのものをくれた彼に、少しだけでも何かを与えることが出来るようになりたい。そんな答えを見つける事が出来たから。答えが見つかっただけではまだまだだ、とわかってもいた。明日もメリアはダンバン、リキと行動を共にする。その中でその答えが光を増すように願いつつ、もう一度リキを抱きしめた。そんな彼女を見るダンバンは穏やかな表情で、そっと頷いてくれていた。