その大きな愛は私のためだけに

静かに夜がこちらに歩み寄ってくる。ハイエンターの少女メリアは帰ってきたばかりのフィオルン、カルナ、ラインに微笑む。フィオルンは言う。今日の目的を無事達成出来たのだ、と。メリアの側にいたダンバンもそれを聞いてゆっくりと頷いた。リキとシュルクは少し離れたところでアイテムの整理や確認をしている。そんなふたりの元へ、ラインが駆けていく。カルナはフィオルンの隣で穏やかな表情をしつつ仲間の様子を見ている。自分たちが知り合い、仲間と呼べる関係になってどれだけ時が過ぎただろうか?メリアはそんな事を考える。シュルクやダンバン、ライン、カルナとはマクナ原生林で出会った。リキとはその森にあるサイハテ村で。フィオルンとはガラハド要塞から落下した地で初めてお互いを確認し言葉を交わした。すべての出会いは偶然ではなくて、運命であったのかもしれない。いま、自分はひとりではない。メリアはあまりにも沢山のものを失ったけれど、得たものも確かに沢山あるのだ。失ったものは戻っては来ない。けれども、忘れることは絶対にない。それを抱きつつ、いま、側にいてくれる存在を大切に思いたいと願う。次第に黒へ染まりゆくガウル平原で、メリアはそんな事を思った。すぐ側にいるダンバンの表情は、夕暮のどこか切ない光に照らされていて、何故か心がざわめいた。


「それじゃあ、まずは僕とフィオルンが見張りをするよ」

夕食を終え、シュルクが言う。赤く燃える炎の爆ぜる音の向こうに、フィオルンがおり、彼女もまた優しげな微笑みを浮かべている。「よろしくな」と言ったのはライン。「交代の時間になったら言っても!」と明るく言ったのはリキだ。カルナ、ダンバン、そしてメリアは頷いてその場を離れていく。夜風は涼しく走り去る。静かな夜に、少しばかりの音を添えて。

「じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「いい夢が見られるといいわね、おやすみ」

挨拶を交わし、ダンバンは先に行ったラインとリキを追いかける。カルナとメリアはその様子を見てから、ふたりで夜空を見上げた。遥か彼方まで広がる世界を。

「あら?」

カルナが首を傾げたのは、メリアがくるりと背を向け、数歩歩いた時だった。カルナの声を聞いたメリアが「何だ?」と言いつつ目を向ける。

「もしかして、足を痛めているの?」

その言葉を聞いて、彼女は表情を変えた。それから無言で頷く。カルナは「どうして先に言わなかったの」とは言わなかった。否、言えなかったのかもしれない。薄暗い世界にいても、彼女の顔に刻まれた思いが驚くほどよく見えたからだ。カルナは屈んで、ヒールを唱える。毎日、毎日。繰り返し唱えるものを。今日、メリアはダンバンと共に行動をしていた。確か、昨日倒したモンスターについて依頼人に報告しに行く、とかで。恐らくはその道中、或いは帰り道。モンスターと戦うことになって足を痛めたのだろう。水のエレメントを喚ぶことである程度凌いで。それでもカルナの目は誤魔化せなかったのだ。彼女の戦闘での立場。それは仲間の傷を癒やすこと。だから、だ。優しい光に包まれて、メリアは数秒間目を閉じ、それから青い目でカルナを見つめる。「ありがとう」という礼の言葉は黒い世界にそっと漂った。

「……もう、痛まない?」
「ああ。すまない、カルナ」
「良いって。私たち、仲間じゃない」
「……そうだな」

メリアが笑う。ほころび始めた花のように。それからふたりは少しだけ会話してから、眠りの国へと旅立った。その国では、自らが強く想う存在が儚くも存在することもある。大きな愛が存在することによって――。メリアにも、カルナにも。その国では現実とは違う言葉が飛び交う。だが極稀に、その国で発せられた言葉が現実世界でも発せられることもあるという――それはまた別のお話。