赤い糸のその先
そこには光が無かった。ただただ冷たい闇が存在していた。その中で少女が目を覚ます。開かれたふたつの瞳がとらえるものもまた闇だった。少女は恐怖を覚えた。今はいつで、ここは何処なのか。確認するかのように頭の中で自分の名前を呟いてみる。フィオルン。それが自分の名だ。自分は幼い頃に両親を亡くし、年の離れた兄と支え合いながら生きてきた。そして兄はモナドという伝説の剣を振るい、自分たちホムスを蹂躙した機神兵を打ち破ったのだ。それから。平和な時間があったはずだ。淡い恋心を抱いていた少年シュルクと、その親友で防衛隊員のライン。三人は同い年で、フィオルンの兄ダンバンを慕いながら生活をしていた。彼の戦友ディクソンや、防衛隊のメンバー、コロニーの人々。穏やかな時間が流れていた。しかし――今はそれが酷く遠い。そもそもここは現世であるのだろうか。フィオルンは思い出す。自分が自走砲で敵に立ち向かい、敗れたことを。氷のように冷たい眼差しと、それと似た温度の爪と刃。シュルクの絶叫。溢れる鮮血。赤が濃さを増し、黒になり――そして、少女はその中で横たわっていた。もう一度自分の名を呟いてみる。しかし何かが変わる事はなかった。泣きたい気持ちになった。ここは死後の世界なのだろうか。だとしたらなんて寂しい世界なのだろう。戸惑いがちに少女は胸元に手をやる。とくんとくんと、心臓が動いている。どうやら死後の世界説は間違いらしい。では一体ここは――金の髪を揺らしながら少女は立ち上がる。一歩進んでみても景色は変わらない。フィオルンは呼んだ。兄の名を、友の名を、恋焦がれる者の名を。


「フィオルン?」

どうやら自分は眠っていたらしい――それに気付いたのは降りかかる声と同時に瞼を開く自分の存在によって。鳥の声がした。柔らかな光が窓からこぼれている。薄い布で作られたカーテンが揺れていた。フィオルンはまばたきをし、それから声の主を見る。銀色の髪が肩の下あたりで円を描いており、開かれているふたつの瞳は蒼い宝石のよう。メリア――メリア・エンシェント。自分の友であり、仲間である。フィオルンはゆっくりと身体を起こした。メリアがそれを止めてくる。そなたはひどい怪我をしているのだから、と。その台詞を耳にしてフィオルンはやっと現実へと戻ってくることが出来た。自分はガウル平原で名を関するモンスターによって大きな怪我を負い、コロニー6の宿で身体を休めていたのだ。そのモンスターはメリアやシュルクらの手によって倒されたというところまで思い出して、フィオルンは苦笑する。それからメリアが手渡してくれた冷たい水の入ったコップに口づけて、喉を潤す。先ほどまでの闇――何もない空間での問答は、自分が自分でなかった頃の記憶を見返していたものであったらしい。フィオルンは自分の機械化された身体を見てそう気づいた。コロニー9が機神兵によって襲撃された後、自分は機神界の者の手によって回収され白い顔つき――フェイス・ネメシスのコアユニットとして動いていたのである。今、目の前で心配そうな顔をしているメリアとも、その頃対峙したことがあった。自分を取り戻して数ヶ月。身体もだいぶ楽になった。それでもたまにこんな風に記憶のページを無意識に捲ってしまうことがあるのだ。すべては運命だった、と言ってしまえば楽だけれどフィオルンはそれに抗い、戦う道を選んだ。今モナドを振るうシュルクと、その背中を守るライン。最愛の兄であるダンバン。いつでも優しいカルナに、伝説の勇者リキ。そしてかけがえの無い友であるメリア。七人で戦いぬく。それは未来を掴むために。フィオルンはもう一度コップの水を飲んだ。

「傷は痛むのか?」

メリアが問う。それを受けてフィオルンは素直に頷いた。嘘など吐きたくはなかった。傷が痛むという事実を口にすれば彼女は心配する。けれども嘘は嫌だった。メリアとフィオルンは大切な友人同士。種族が、年齢が、立場が違っても同じ場を生きる仲間だから。メリアはそうか、と口にしてそれから仲間の名を口にした。カルナを呼んでくるか?と。カルナはここコロニー6の衛生兵で、治癒エーテルを専門とするヒーラーである。緑の黒髪と紅茶色の凛とした目をした女性。フィオルンは頷いた。傷がズキズキする。カルナに癒してもらえば幾らかは楽になるだろう。メリアは「わかった」と言ってベッドから離れ、扉を開ける。ぎぃ、というかわいた音が鳴り、ハイエンターの少女の姿が消える。フィオルンは温まった布団の中で礼の言葉を呟いた。仲間たちへと繋がる糸を、そっと手繰り寄せながら。



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