あの人が隣にいる未来
「ありがとう。カルナ」

ベッドに横たわりながら金髪の少女が礼を言う。カルナと呼ばれた女性が桜のように微笑んだ。時間は午後二時過ぎをまわった辺り。金髪の少女――フィオルンの実兄でありホムスの英雄とも呼ばれるダンバンと、かつてそのダンバンが手にしていた剣を振るう少年シュルク、そして彼の親友で刈り上げた赤い髪が特徴的な青年ラインの三人はここ、コロニー6の周りのモンスターを討伐しに出ている。ノポン族の勇者リキはというとここで暮らすノポンと何か話をしたりしているらしい。カルナがフィオルンとハイエンターの少女、メリアにそう説明する。怪我を負ったフィオルンだが、カルナの治癒によってだいぶ楽になったらしく、いつもと然程変わらない微笑みを浮かべてふたりのことを見ている。窓の向こうの空は青く、どこまでも真っ直ぐだ。そんな空を見ているとこの世界――巨神界が戦いと哀しみにあふれていることを忘れてしまいそうになる。けれどもそれが現実逃避に繋がってしまってはいけない。それはわかっている。わかっているからこそ、平和を渇望する。その為に自分たちは戦っているのではないかと、改めて確認をする。カルナは弟のジュジュと約束があるのだと言って宿を出て行った。残されたのは機械化されたホムスの少女フィオルンと、ハイエンターとホムス両方の血をその体に流す少女メリアのふたり。メリアはもうひとつのベッドに腰を下ろして、フィオルンのことを見つめていた。カチコチとなる、壁掛け時計の秒針。

「あのね、メリア」

口を開いたのはフィオルンだった。フィオルンは先程までのことを言葉にする。失意の中、闇を彷徨う自分のことを。そこには光もない。希望もない。心が割れそうだったあの日々。冷たい湖の底に沈められたかのような感覚と、窮屈さ。残酷なだけの現実が少女に突き刺さっていた。それでも彼女が立ち上がる事が出来たのは――シュルク。想い焦がれる少年のことがあったからだ。

「……そなたはそれほどまでの困難を乗り越えてきたのだな」

メリアが長い溜息を吐いてからそう発した。メリアもまた戦いによって大切な存在を失っている。大きな悲しみを背負っている。そしてその中でシュルクに微かな想いを抱いた。が、それはフィオルンとシュルクは知らぬ事実である。メリアは全てを受け入れた上でフィオルンとシュルクの幸せを願う立場に立つことにしていた。叶わなかった初恋。かけがえのない親友。支え合い、守り合う仲間。三人を取り巻くものは美しいけれど、複雑でもある。フィオルンはそっと瞼を閉じて、それからまた目を開いて友を見る。エメラルドグリーンの瞳に銀の少女が映る。時間が満ち、窓の向こう側では風が吹いていた。

「私はこの先何があってもみんなを守るわ。私のことを助けてくれたみんなを。――いつも笑顔をくれる、メリアたちに恩返しがしたいの」

フィオルンは言う。そこには悲しみを乗り越えた勇敢なる姿があった。

「この身体でどこまで戦えるか、わからないけど……私のやるべきことは、それなの。みんなの笑顔を守りたいの」
「……フィオルン」

メリアが大きな瞳でフィオルンを見ている。逆もまた然り。薄いブラウンの壁に囲まれて、友情とそれに寄り添うものが光を増していた。メリアはこくりと頷いてみせる。フィオルンは機械の身体で戦う道を選んでいる。それは誰も阻むことは出来ない。彼女の決意はたしかなものだったからだ。七十パーセント以上が機械によって組み替えられたというフィオルン。彼女はもうシュルクやダンバンといった「普通のホムス」とは違う時を生きるさだめを背負っているのかもしれない。それでも――彼と、その仲間が隣にいる未来を信じて、その剣を振るうのだ。

「そうだな。私もそなたたちを守る。我々に襲いかかってくるものがどれだけ強大であっても、どれだけの痛みを受けたとしても、この決意は揺るがぬ」
「メリア……」
「そして私はフィオルンがシュルクと――笑い合える日を迎えられるのを願っているのだからな」
「……ありがとう、メリア」

私もメリアが笑っていられる日を、とフィオルンが言えば翼ある少女が頷く。メリアはそっとフィオルンの右手を取り、握った。繋がることでその思いがなお強さを増していくように思えた。

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