神様は不在

銀色に光る月が世界を見下ろしている。シンシアはセレナを連れて王宮へと入り、仲間たちの待つ場所へと急いだ。共に戦い、共に生き、共に励ましあった仲間たち。シンシアとセレナが重い扉の向こうへと身体を滑らせる。仲間たちの視線がふたりへと向けられた。どうやら自分たちが最後のようだ、ルキナの両隣の席が空いている。天馬騎士であるシンシアとセレナの最も大切な任務がルキナの護衛であるから、その配置は正しいと言えた。セレナはシンシアだけに聞こえるよう小さな声で礼の言葉を発した。それを聞いたシンシアもただ頷いて、それから椅子へと腰を下ろす。

「遅くなって悪かったわ、ルキナ」
「いえ。セレナが髪をおろしているの久しぶりに見ました」

似合いますね、とルキナが言うのでセレナは笑った。首を傾げる彼女にセレナは言う。妹も同じ事を言っていたから、と。それを聞いたルキナも笑う。同じ血を分けた姉妹だ、髪の色など目に見える部分だけでなく、目に見えないところで似ているものもあるのだろう。全員で今夜も食事にありつけることを感謝してから、食事会が始まった。セレナは一番外側に置かれたスプーンに手を伸ばす。テーブルには湯気をたてる熱そうなスープ。美味しそうな香りが鼻孔をくすぐった。セレナの左隣に座っているのはアズールである。彼の向かいにはウードの姿があった。セレナは仲間の姿をぐるりと見てから、スープを掬って口へと運ぶ。美味しい、と呟こうとしたその時、隣に座るアズールがその言葉を口にしたのでセレナは思わず笑みを零した。何?と首を捻った彼に「なんでもないわ」と言って二口目を掬い上げた。人と人の喋り声と、スプーンやフォークがたてるかちゃかちゃという音。平和がそこには確かに存在しており、それは皆が抱え、乗り越えてきた苦しみと悲しみを覆い隠してくれているかのようだった。いま、自分たちは生きている。この愛おしい世界で呼吸をしている。けれどそれには、踏み越えてきたものを直視出来る勇気があるのを前提として、だ。自分たちは理想を違えた者を、屍兵を、切り倒して今の平和を勝ち取ったのだ。傷付け合った上でこの時間がゆるやかに流れているのである。そしてたくさんの想いを預かってきた。志半ばで命を落とした多くの者たちの想いを。それには自分たちの両親の想いも含まれている。メインディッシュの肉料理が運ばれてきた。シンシアはナイフとフォークでそれらを切り取り、口に運ぶ。隣の席に座るウードは既にもう半分ほど食べ終わっており、そのまた隣の椅子に腰掛けているブレディに何かを言っていた。ブレディの向かいに座るジェロームは静かな目でそれらを見ていた。

食事会が終わった。楽しい時間というものはあっという間に過ぎていくものだ。シンシアとセレナはアズールやノワールといった仲間たちに部屋を案内してから、ルキナの部屋へ向かう。ルキナはこの国を統べる聖王だ。多忙な彼女を支えるのが妹である自らの役目なのだとシンシアはよく言っている。セレナもまたそうだとわかっており、自分もまた母の遺志を継いでルキナを支えねばならないのだと思っていた。赤い絨毯の上をゆっくりとふたりは歩んだ。ルキナの部屋までもう少しだ。シンシアの部屋はルキナの部屋の近くであるが、セレナの部屋は少し離れている。それは姉妹と親友という関係の差からそうなったものである。

「今日はみんなに会えて嬉しかったね」
「そ、そうね。元気そうで何よりだわ」

満面の笑みを見せるシンシア。セレナはその笑顔を見てつられたように微笑んだ。シンシアはいつだって希望を棄てなかった。絶望的な状況にあっても諦めるということをしなかった。シンシアと反発してばかりであったセレナも、いつしか彼女を受け入れ、今では「親友」と呼べるほどの仲になった。それは母親同士が親友という関係だったという事実が存在しているからなのかもしれない。そうではないかもしれない。どちらにせよ、セレナはその関係を築けた事を嬉しく思っていた。マークというたったひとりの妹を失った悲しい事実を、シンシアがそっと癒してくれているようにさえ感じていた。廊下の窓からセレナは外を見る。月が輝いている。世界を見据えている神がいるのなら月と似た位置から見ているのだろうか。セレナはそう考えてから、自分らしくない、と首を横に振った。シンシアはそれに気付かず、ぐっと伸びをしてから友を見た。絡まらない視線。セレナは何を見ているのだろう、ただ外を――月を見ているだけではないように思えた。シンシアの喉は問いかけようとした、けれどもそれは出来なかった。セレナの瞳が潤んでいることに気付いてしまったから。



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