そこは絵に描いたような夜の場末の酒場で、人に溢れながらも和やかな空気が流れていた。グラスのかち合う音やサッカー中継に対する怒声、談笑する男たちの低い声に混ざってひと昔前のロックがジュークボックスからザラザラと吐き出されている。
そんなアルコールと煙草の匂いに満ちたホールの合間を、気配を消してメアは静かに通り過ぎていく。二階へ続く階段の脇に"関係者以外立ち入り禁止"の札とロープがかけられた地下への通路を見つけてふ、と微笑みそうになる。堂々としたものだなぁ、と思いながらメアは長い三つ編みを揺らしてトイレに向かった。
今日は黒いブルゾンに、好きなバンドのロゴがプリントされた赤いオーバーサイズのパーカー、ダメージ加工の入ったスキニージーンズを着ていた。深紅色の編上げられたショートブーツと背中の赤いギターケースも相まってメアの姿はロックバンドに属している少女にしか見えないだろう。
もちろんこの酒場にはギターの演奏に来た訳でもなければ、酒を飲みに来た訳でもない。
今日は単身でリストのメンバーを狩りに来ていた。ダンテは急遽仕事が入って別行動である。
地道に追いかけるしかない事は最初から判っていたが、情報屋の調べや自身の詰めの甘さで空振りに終わる日も多くなってきていた。まだ片手で数えられるほどしかメンバーらと面と向かった事がなく、メアはつい"父ならもっと上手く立ち回っただろうか"と落ち込んでしまう時もあった。
噂によればこの酒場の経営者自体がリストの一人であるライラという女幹部で地下が薬物の精製所になっている、という。
幸いなことに人気のない女子トイレに入るとメアは天井を確認してから、個室に鍵をかけて便器のフタの上にヒョイっと飛び乗った。ポケットから赤いマルボロの箱とおまけで付いてきたチープなライターを取り出すと、一本火をつけてむせながら煙を吸い込み、天井の火災報知器に向かってふうと吐き出した。
途端、スプリンクラーが発動しけたたましいベルの音が店内全体に響き渡る。
これで無関係なお客はさっさと逃げていくはずだ、とメアは煙草をタイルの上で踏み消し、水浸しになった前髪をかき上げながら混乱に乗じて地下に向かう。
上着のポケットからチェリー味のロリポップを探し当て、包み紙をちぎってカロリとくわえた。苦い煙の味はすぐには消えないが幾分かマシになる。ダンテも煙草嫌いだが、メアもあまり得意な方ではないのでヤニ臭いままなのは御免だった。
想定通りバタついているホールを横目に、階段にかけられたロープをそっと跨いで超えた。降りていくほどに薄暗くなっていくかと思っていたが、逆に蛍光灯の青ざめた光が煌々と誰もいない、雑然と荷物だけが置かれた通路を虚ろに照らしている。
メアは棚の影に身を隠しながらギターケースを降ろすと中からずるりとアサルトライフルを取り出した。マガジン周りの装備は既に上着の下に済ませてあるので、あとはこれさえあればいつでも扉を蹴破れる。
スリングで銃を固定し、褪せたローズ色をしたグリップを握り込んだ。
息を吐き、目を閉じて鳩尾に手を当てると、温かなダンテの魔力の存在を感じる。どのくらいの長い期間保っていられるのかは未だ判らなかったが、二、三日間なら供給を得ずとも重傷を完治させるだけの魔力をキープしていられることは判っていた。傷の治療に関してならば今のメアは力を自由にコントロールすることも出来た。
彼は今ここには居ないが、結局のところずっと一緒に居るようなものなんだよな、と思うとこそばゆさと歯がゆさが同時に襲ってくる。
ダンテは優しいからつい甘えて魔力を享受してしまうけれどこの力に頼らないくらい強くなれたらいいのに、とメアは一度拳を握り込んでからゆるめて、通路の先へと歩き出した。




薄く開いたドアの内側は些か騒がしいようだった。上階の火災の確認でバタついているのだろう。地下にはそもそも火災報知器がないらしくスプリンクラーは作動していないようだ。責任者らしき者の罵声を聞きながら、メアはスチール製のスイングドアを脚で蹴り開けた。
中は上の酒場よりも何倍も広く、大きなテーブルの上に蒸留の器具や袋詰めされた完成品の粉末とバイアルが積まれ、部屋の壁沿いには素材となる薬液らしきタンクや引火性のマークが貼られたドラム缶などが雑然と並んでいた。
闖入者の存在に粗末なマスクをつけた作業員たちが怪訝そうに振り返る。
「どーも」
誰だお前は、と口々に警戒する声にも構わず奥へ進むと先ほどから罵声を上げている女性の影が見えてくる。
長いストロベリーブロンドをきつくまとめ上げ、ベルベット素材の艶やかな黒いパンツスーツを身に纏った美女だった。
「あのー、お話してるところ申し訳ないんだけど、貴女がライラ?」
他の作業員に指示を出していた女性の動きがピタリ、と止まる。きりりとつり上がった眉と濃い孔雀色のアイシャドウの乗った目尻に意思の強さが感じられた。
「そうだけれど、貴女は?」
メアの装備に目を向け、ライラは警戒心剥き出しで睨みつけてくる。そりゃそうだよね、と内心で笑いつつ、ライラの問いには答えずにすっと人差し指を立てた。
「突然だけど、一つお願いがあって」
「いきなり現れておいて私の質問は無視? 無礼な娘ね」
呆れ顔のライラにメアはにこりと笑いかけた。
「私と一緒に警察署まで大人しく同行して欲しいの」
「……ああ、なるほど。貴女が最近ウワサの"バンビちゃん"ね。私たちの畑を引っ掻き回してるっていう女悪魔狩人」
口から出した舐めかけの飴でライラを指しながら、そう!とメアはつい大きな声を上げる。
「話が早くて済みそう。抵抗するだけ時間の無駄だもん」
「それは少し違うわね。貴女にやられた奴らは全員雑魚だったから」
鼻を鳴らしてライラは笑うと、ジャケットの懐からペン型の注射器を取り出した。またなのか、とうんざりとした顔でメアは見やった。話が通じない人ばっかりで嫌になる。
「それ、使っちゃう?」
「もちろん。可愛い女の子を殺すのは胸が痛むけれど、ね」
開いたブラウスの胸元に針を突き立てると、ライラは体をくの字に折った。静観していた作業員たちもボロボロと化けの皮が剥がれて悪魔としての姿が剥き出しになっていく。
メアはガリッと飴を噛み砕いて眉間にしわを刻んだ。
「いつも!いつもこのパターン!あなたたち、我慢ってものを知らない訳? いい加減にしてよねクソジャンキー共」
もはや人ですらないのなら躊躇う必要はない。
メアは両脇で鎌を振り下ろしてきた低級の悪魔の攻撃を後ろへ飛んで避けて、頭部に銃弾を叩き込んだ。回し蹴りで足元をすくい、バランスを崩した悪魔の頭骨をブーツの底でぐしゃりと踏み潰す。
鎌を奪い切りつけては、湧き出した敵の渦中目掛けて蒸留用バーナーのボンベを放り投げハンドガンで撃ち抜いた。爆発した燃料で火達磨になった敵の呻き声を聞きながら、辺りを見回すと、火の壁の向こうから漆黒の剣が一閃飛び出してくる。
紙一重で避けると、壁に刺さった剣がどろりとコールタール状の流体に変わった。
「すばしっこいバンビちゃんね」
火の中から現れたライラは両の手に黒い剣を携えるばかりで先程とほとんど姿が変わっていなかった。メアは珍しい、と声を上げる。
「変身しないんだね」
「醜いのは大嫌いなのよ」
「確かに。貴女とっても綺麗」
だからこそ残念、とメアはアサルトライフルの引鉄をひいた。飛び上がって避けたライラの重い踵落としを左腕で弾きながら、空いた胴体に銃弾を撃ち込む。それも構え直された剣にどろりと飲み込まれるのを見て、メアは顔を顰めた。厄介極まりないな、と振り下ろされる斬撃を身を沈めて横に飛び退きながら短く息を吐く。
キル・デビルを使って高位の悪魔と契約した者が共通して使ってくるあのコールタール状の液体がどうしても苦手だった。常に形を変え、使用者によって変則的な攻撃を仕掛けてくるそれにいつも手を焼いてしまう。
マガジンを交換しながらじっと次の手を考えているメアを見て、深いカシス色のルージュを引いた口元を吊り上げてライラが笑った。
「もうバテたの?バンビちゃん」
「全然。ちっとも。楽しいから、もっと遊んでたいなって思ってるくらいだけど」
ふう、と前髪を息で吹き上げ、メアは腰に差していたナイフを引き抜きながら床を蹴った。
動線に割り込んできた雑魚ごと、肩から全体重を掛けて押し倒し、ライラの喉笛目掛けて刃先を横に薙ぐ。
鋭い刃はジリッとライラの頬骨を掠めるばかりで空振りに終わったが、顔に傷をつけた事が彼女の動揺を誘ったようだった。
前転で受け身を取りながら振り返ると、床にぺたりと座り込んだライラが頬を伝う血を手で拭っていた。その指先がガタガタと震えているのを見て、メアはおや?と首を傾げる。
怒りに顔を歪めたライラが静かに呪詛を吐いた。
「よくもやってくれたわね、このクソビッチ」
「うーん、私ビッチじゃないよ」
「黙れ!」
飛んで来た剣をブーツの爪先で蹴り飛ばしながら体勢を整え、アサルトライフルの引鉄をひく。怒りで我を忘れたライラはそれを避けようとすらせず、諸に腹部に銃弾を食らいながらメアの懐に突っ込んで来た。
「嘘でしょ?」
剣先が胸部にめり込む痛みを感じながら体が床の上を二度跳ねた。ぐり、と柄を返して捩じ込まれた刃が骨と肉を溶かしていく感触がする。
「乱暴なプレイはお好きかしら?」
馬乗りになり、瞳孔の開いたライラが息を荒らげながらメアの白い喉を掴み、ぐっと締め上げた。呼吸に喘ぐメアの唇を唇で塞ぎ、血の塊が込み上げる口内に舌を差し込んでくる。舌先を奪われ、ますます息が出来なくなりメアが呻き声を上げて足をばたつかせるとライラは満面の笑みで口元を綻ばせた。
「その反応、燃えちゃうわね」
喉を解放され、メアはせり上がって来る鉄臭い塊を、咳き込みながら床の上に吐き出した。呼吸するたびにヒュウ、と違和感のある音が肺の辺りからする。
腹の上に跨っているライラをぼんやりと暫く見上げてから、メアは気だるげに笑って、持ち上げた指をくいっと動かした。
ライラがなぁに?と小首を傾げる。
「命乞い?」
「もっかい、キスしよ」
「あら、ハマっちゃったの?」
可愛い、と言いながらも剣を捩じ込む手を止めず与えられる痛みに苦悶の声を飲み込みながら、メアは血糊だらけの口をゆっくりと開いた。
恍惚とした表情で顎を掴んで舌を絡ませてくるライラに一体全体どっちがビッチなんだ?と冷ややかな眼差しを向けながら口付けを委ねる。赤く火照り出したライラの頬を指の背でなぞり髪を撫でてやると更に息が荒くなるのが判った。服の上から胸を掴まれたところでそろそろか、とメアはライラの頭を抱きよせて息をつく。
「これ、あげるね」
美味しいやつ、と笑ってすっかり油断していたライラの口の中へ上着のポケットから取り出した丸い瓶を捩じ込んだ。ちゃぷん、と冷たく揺れる小瓶の中身はいわゆる聖水である。
一瞬呆気に取られたライラの口内に向かってメアは素早くハンドガンの引鉄をひいた。
爆ぜたホーリーウォーターの小瓶がライラの顔から喉元を蒸気を上げながらどろりと溶かしていく。
胸を縫い止めていた剣を抜き捨てると、床に落ちる前に黒い液体が霧散した。後ろに仰け反り倒れ悶えるライラを、傷口を押さえ治癒の魔力を注ぎながら見下ろして、はぁ、とメアはため息を吐いた。
「ほら、言ったじゃん。せっかくの綺麗な顔が残念だって」
瞳は恐怖に見開かれるものの、叫び声を上げるための喉はもうなかった。
何の感情も捨て去り、脇に抱えたアサルトライフルで頭を数度撃ち抜くと、ライラの体はぐずぐずと赤い泥になって消えて行く。
訪れた静寂が鼓膜にしん、と沁みた。
「……つかれた」
座り込みたくなる膝を叱咤し、唇に残ったルージュの感触をパーカーの袖でごしごしと拭いながら、メアは入って来たドアに足を向けた。
全て焼き払ってしまおう、と思った。こんなくだらない薬は世の中に残しておく意味もない。
残った雑魚敵たちを掃討しながら、アサルトライフルのストックや腕で机の上の器具と完成品の薬をザラザラと床になぎ落とした。
バイアルが割れ、白い粉が飛び散る様はどこか清々しかった。
そうしてガチャガチャと騒音を上げながら戻って来た入り口付近で、最初に見かけたドラム缶のラベルマークをしゃがみ込んで確認する。何のことはない、ただの引火性液体だった。恐らく薬品同士を混和させる為のアセトンの類だろう、と缶のフタをこじ開けて横倒しにし、部屋の奥へ向けて蹴り飛ばす。
転がりながらトプトプと中身が零れ落ちていく音を聞きつつ、メアはその場にあった同じドラム缶三つを全て床に転がし部屋全体に中身をぶちまけた。
気化した刺激臭を袖で押さえて防ぎながら、メアは出口に向かうと、部屋の中央の缶目掛けて銃を撃つ。
散った火花が揮発した液体に回り、あっという間に部屋全体が赤い炎に包まれた。
ギターケースを回収して廊下を走りながら、メアは振り向かずに地下を後にした。
人気のなくなったホールをほっと見やってから、正面の出入口ではなくトイレの奥に見かけた従業員用の裏口を目指す。
さっさと帰ってお風呂に入りたかった。お気に入りのパーカーに穴を空けてしまったのでそれも縫わないといけないし、とそんな呑気なことを考えていた時だった。
裏口を抜けて外の夜気に包まれた途端、眩しい光に目を刺されてメアは思わず顔をしかめた。
「動かないで。ゆっくり両手をあげて頭の後ろで組みなさい」
よく通る芯のある女性の声が響いた。それ以外の人の気配もある。
これはまずいことになったな、とぼんやり考えながらメアはその声の指示に従いゆっくりと膝をついた。
腕を掴み、冷たく固い手錠をかけてくるシルエットにメアは尋ねる。
「あなたたちは誰?」
その問いに顔の前に手帳がかざされ、やっと影の中で視界が確保された。
「私はDEA、麻薬取締局のフレッサ・ザイデル」
公務執行妨害の疑いで貴女を逮捕します、と宣告されメアは全てが腑に落ちたように「はぁ、なるほど」と気の抜けた声を漏らした。






冷たい鉄格子に掴まると、手首の間を繋ぐ鎖が擦れあい耳障りな音を立てた。
牢屋に入れた上に手錠まで付けなくてもいいでしょう?と、メアは狭い留置所の中でぐるぐると落ち着きなく歩き回ってしまう。
訳も判らないまま酒場から警察署まで連れて来られ、一晩が経過していた。解いた髪を振り乱し際限なく彷徨いてしまう。
リストのヤツらをこうして掃き溜めに叩き込むことがそもそもの目的だったはずなのに、よりによって何故私が?とメアは延々と夜も眠れないまま自問自答を繰り返していた。
エリアの入り口が開く音がして、文句の一つ二つでも言ってくれようか、と唇を噛み締めていると見慣れた赤いコートがひらりと視界の端を過ぎる。
「思ってたよりもお似合いだな、そのアクセサリー」
「ダンテ!」
格子の隙間から差し入れた指で手錠の鎖を引っ張りながら、ダンテは肩を揺らして笑う。
「マジでウケんだけど。本当に逮捕されてんじゃん」
「ぜんっぜん面白くないから」
「今度買ってきてやろうか、手錠」
何に使おうというのだ、という質問はあらゆる墓穴を掘りそうだったので静かに飲み込んでから、メアはダンテの手をぎゅっと握った。いつも通りの無骨な手の感触にすっと気持ちが落ち着いていくのが判る。
「来てくれてありがと」
「遅くなってごめんな。仕事で帰って来たのが今朝だったんだ」
頬を撫でられ、唇を指でなぞられるとじわり、とダンテの肌から魔力が滲み出すのが判った。
「力、使っただろ?」
「……そこそこ」
と、答えた歯列に親指が差し込まれ、メアは躊躇いがちにその指をくわえた。甘ったるい魔力が舌から喉元を伝い、鳩尾の辺りにぴりぴりと温もりが沈んで行く。まるで親鳥が雛に餌を分け与えるかのようだ。ああ、また甘えてしまっている。そう思いつつも止めることが出来なかった。
柔らかく温かい舌を這わせてメアが魔力を吸い上げていく疼きを、ダンテは目を細めて堪えているようだった。不安で心細かった胸の隙間がみるみるうちに埋まっていく心地がして、忘れていたはずの眠気に襲われてしまう。
「ちょっと、留置所内の風紀を乱さないでくれる?」
ふと横合いから声がかかると、そこにはメアに手錠をかけたザイデル刑事その人がいた。
「すぐ出してあげるから少しくらい我慢なさい。ただでさえ君、服装がギリギリなのよ」
「俺のことも逮捕するかい、刑事さん?」
ダンテは格子から手を引きながら、コートの襟をひょいとつまんでザイデルを見やる。
タイトな白のタートルネックに黒いジャケットを羽織り、スキニーデニムを纏った脚にはしなやかな筋肉が見て取れた。短く整えたブルネットヘアと相まって如何にも切れ者そうな、若い女性刑事だった。
メアは言葉通り開けられた鉄格子と外されていく手錠をぽかん、と見やりながら、
「本当にいいの?」
「ええ、私の早とちりだった。ごめんなさいね」
ただ二人共取調室で少し話させてちょうだい、とメアとダンテは硬いヒールの音を追いかけた。
手錠の取れた手首を摩りながらメアは傍らのダンテをちらりと見上げる。その腕の中にはレッド・ラムに関する資料をまとめたファイルケースが抱えられていた。それで何となくザイデルが話したいことが判った気がした。
「場所が場所だから緊張してしまうと思うけど、リラックスして。彼には来てもらう前に少し話したけれど、これからここでする話はオフレコだから。私とあなたたちだけの秘密の共有事項」
閉塞感のある灰色の取調室に案内されると、メアが没収された装備品の類が部屋の隅に一通り置いてあった。それでようやく気持ちが落ち着き、大人しく椅子に座れた。
出された温いブラックコーヒーを啜ると、ザイデルが机の上に資料を並べ始める。
「まず私たち麻薬取締局はレッド・ラムないしキル・デビルをここ最近追いかけ続けている」
その言葉にほっと胸を撫で下ろしている自分がいることに気がつき、メアは小さく拳を握りしめた。戦っているのは自分たちだけではなかった。けれどもそれは、国家の機関を動かすレベルで捨て置けない被害が出ているということでもあるのだろう。
ザイデルは、昨夜メアが止めを刺したライラの写真をとんとんと指で叩いた。
「あいつらには私たちも手を焼いていて、やっと掴んだ糸口がこの女だったの。令状を揃えてやっと逮捕出来るって時にメア、貴女がやって来た」
「ごめんなさい」
「いいのよ。現場の焼け跡を見た限り、乗り込んでも私たちだけでは殺されていたかもしれないわね。悪魔の残留物だらけだった」
ザイデルが表情を暗くする様子にダンテが声をあげた。
「キル・デビルの効果については刑事さんたちも把握してるんだよな?」
「概ねは」
「あいつら生産しながら自分たちもヤク中に陥ってる。死にたくなけりゃ、もう人間相手じゃなく悪魔の軍団と対峙すると思っといた方が賢いだろうな」
「今日の精製工場の人たちも全員悪魔だったよ」
ザイデルはそう、と沈痛な面持ちのままだった。
「正直な話、潜入捜査官も送り込んではいるのだけれど結果が芳しくない」
「ふぅん。どうせ全員薬の力に魅了されちまうんだろ」
「その通りよ。だからレッド・ラムの足取りも全貌も、雲を掴むようで……」
頭痛を堪えるようなザイデルの姿にメアはダンテが持って来たファイルケースについ目をやっていた。麻薬取締局ですらメアの父が持ち出したリストの存在を知らずにいるということだ。
アイスブルーの瞳と目が合い、ダンテは床に置いてあったファイルケースをテーブルの上に乗せた。
その挙動にザイデルはふっと息をつくと、一度コーヒーを飲んでからメアの瞳を覗き込んだ。
「私たちよりも早く、貴女は現場に着き彼女を狩っていた。……恥を忍んで尋ねるけれど、もし何か掴んでいる情報やルートがあるのならばどうか私に教えて欲しい」
その獲物を射抜くような眼差しにメアはごくり、と唾を飲み込んだ。
「……刑事さんがレッド・ラムの関係者じゃないって証拠はあるの? もし分け与えた情報があちらに漏れたら私たちにはデメリットしかなくなる」
狩り尽くして存在を抹消することが目標なのに、それがバレてしまったら巧みに姿をくらまされてしまうだろう。そんな事をされた暁には目標が遠のくだけだ。
ザイデルが苦々しい顔をしながら、一枚の写真をポケットの財布の中から取り出した。
「貴女の質問への答えとして、何の根拠にもならないのは判っているのだけれど、」
くたびれた印画紙には楽しげに写る大家族の姿があった。その中にはザイデルも写っている。その隣で肩を組んでいる青年を指さして、ザイデルは声を絞り出した。
「三ヶ月前、私の兄が路上で殺された」
追加の捜査資料を卓上に並べながらザイデルは感情を押し殺した表情で、遺体の記録を二人の前に差し出してくる。
記録にはバヤ・ザイデルと記名されていた。成人男性、28歳、半年前の健康診断では何の異常もないとされていた彼だったがーーざっと目を通しただけでも惨たらしい死に様で、遺体には黒く焦げたような損傷があったという。キル・デビルの特徴のそれだ、とメアはつい眉間に皺を寄せてしまう。
「悪魔もどきの腐れジャンキーに殺されたと知って、私は自分の仕事の意味がすっかり判らなくなるかと思った。家族のことも守れやしないのに国に尽くし正義を貫くなんて、笑えてくる」
でもやるしかないと思った、とザイデルは静かに怒りを込めた声音で呟いた。
胸がキリキリと痛むのを感じながらメアは顔を手で多い、深く重い溜め息を吐いた。
母が生み出し、父が助長させてきた災いの種がこうやってすくすくと悪意を吸って育ち、どこかの誰かを今も苦しめていることへの罪悪感が、改めて胸を抉った。
塞いだはずの傷痕が痛む思いがして、メアはライラに裂かれたパーカーの穴を無意識のうちに指でなぞっていた。もちろん傷なんてものはなく、内側の胸の奥がしくしくと痛むだけだ。
ふと重みが加わり、ダンテの手が頭を撫でて来た。その手に手を乗せながら、ゆっくりと彼を仰ぎ見る。
「メアがどうしたいのか、素直に言っていいと思うけどな」
「私がどうしたいのか……」
全部一人で片をつけようと少し前までは意気込んでいたが、ダンテの力添えがあろうともそう上手く行かない現実を知ってしまった。こうやってモタモタしているうちに被害者が増えて行くのだと思うと、夜も眠れない気持ちにふと駆られる時がある。もっと自分に力があれば、とばかり考えていたけれど。
「助けてって言ってもいいんじゃないか」
最初に俺に言って来たみたいに、と頬杖をついてメアの少しもつれた髪を梳きながらダンテはふわりと笑った。
「別に俺とお前でどうしようも出来ないって言いたい訳じゃないんだけど」
「うん、大丈夫。判ってるよ」
ダンテが言いたい意味はよく判っていた。一人で抱え込むなと彼は言いたいんだ。助けてくれるという人がいるのに、それを拒んで苦しんで病んでしまっては、後に何も残らなくなってしまう。
メアはじっと二人のやり取りを静観していたザイデルの鳶色の瞳を見つめてから、ファイルケースを手繰り寄せた。資料の束から一枚の紙を抜き、差し出す。
「出処は内緒なんだけど……レッド・ラムの幹部メンバーのリストがある」
その言葉にぴくり、とザイデルの肩が揺れた。目の前のくたびれたA4用紙に目を落とし、開いた口を閉じ、しばらく考えあぐねてから、
「……コピーを取ってきてもいいかしら」
「どうぞ」
すぐに戻る、と足早に部屋を出ていったザイデルの背中を見送ってメアは微かに項垂れた。
顔を手の平に埋めて、ゆるゆると息を吐く。不思議と気が楽になっていた。全てが終わった訳ではないし、寧ろ始まったばかりなんだろう。それでも胸の閊えが降りた思いだった。
椅子の後ろ足に重心を寄せ、ゆらゆらと体を揺らしていたダンテを不安げに振り返ると、おもむろにすっと手を差し出された。その手に手を重ねてぎゅっと握りしめると、染み込んでくる体温で自然と気持ちが凪いでいく。それでようやく、これで良かったんだ、と思えた。
戻って来たザイデルは原本をメアに渡すと、コピーを取ったリストを食い入るように見つめていた。
ダンテはその姿に、椅子を正位置に戻して腰掛け直すと、
「先に言っておくが、俺たちもそのリストを元にして狩ることを止めないつもりだ」
横目に見てきたダンテと目が合い、メアも同意の頷きを返す。
ザイデルは少し思案した後に、
「判った。悪魔相手ならばあなたたち狩人の方が、私たちより何倍も立ち回りに優れているもの」
その返答にダンテはきょとんと目を丸くした。
「驚いたな。警察官ってやつは頭がアスファルトみたいにお固くないとなれないもんだと思ってたんだが」
それにザイデルはくすり、と笑う。
「単純に効率の話だからお固いわよ。これだけのヒントがあれば情報収集の力は、そこらの情報屋よりも私たちの"網"の方が上回ると思う。でもあなたたちみたいに自由に、表立って割ける戦闘力が私たちには限られてしまっている。対悪魔へのノウハウも未だ弱いしね」
そこで提案なんだけれど、とザイデルは先程までの憂鬱げな表情とは打って変わって勝ち気な笑みを浮かべた。
「手を組みましょう。私が情報収集をして横流しするから、あなたたちが実働して狩る」
ダンテはパチン、と指を鳴らして笑った。
「そりゃ判り易くて助かるな」
どうかしら、と伺って来るザイデルにメアはゆっくりと噛み締めるように首肯した。
「私とダンテはその方が有難いけど、刑事さんはそれでいいの?怒られたりしない?」
「フレッサと呼んでくれて構わないわ。私はね、兄を屠った薬に復讐したいだけなのよ。ただそれだけ。だから上手くやる」
メアはそっか、と頷いてすっと手を差し出した。ザイデルもその手を取りぎゅっと握手を交わす。
「よろしくね、メア。それからダンテ」
「おっと、ちょっと待ってくれ」
ダンテは突然声を上げると、机の上に転がっていたザイデルのペンを握り、引き寄せた捜査ファイルの表紙にサラサラと走り書きをし始めた。
その内容を覗き込んでメアはくすくすと笑う。
「私たち普段は便利屋をやってるの」
「あら、そうだったの」
荒っぽい筆跡で書かれていたのは決まったばかりの店の名前と電話番号、それから合言葉だった。
ザイデルの前にペンとファイルを滑らせると、ダンテはにやりと白い歯を見せて笑う。
「悪魔退治のご依頼は"デビルメイクライ"にお任せあれ」






朝起きてからいつものトレーニングを済ませ、メアは生あくびを度々重ねながらソファで繕い物に勤しんでいた。
ダンテと事務所に戻ってきてから、酒場での戦闘で酷く疲れていたのと留置所で気が昂って一睡も出来なかったのも相まって昨夜は昏昏と眠りに落ちてしまった。それでもまだ頭がぼんやりしていて、昨日攻撃を食らって穴を空けてしまったパーカーに針と糸を通す手元がかすんで見える。
ダンテは簡単な服の修繕なら魔力でまかなっているとさらりと言っていたが、今のメアにはそう器用な芸当を真似できるはずはなく、地道に手で縫うしかなかった。
そんな衣装には困らないはずのダンテだったが、今日は珍しく朝から起き出して街の仕立て屋まで出かけたので、今は留守中だった。先日も一度行っていた気がするのだが、もしかするとその時頼んだ物が仕上がったのかもしれないなぁ、と考えているとタイミングよくドアが開いた。
ただいま、という声が弾んでいるのを聞いてメアは眠たげに微笑みながら顔を上げた。
黒い衣装カバーのかかった服らしき物と靴の箱を片腕に、ダンテがこちらにやってくる。
「おかえりなさい」
ちょうど縫い終えた箇所に玉留めを施して糸を切り、裁縫セットを収めた小さなお菓子の缶に道具をしまいこんだ。
メアの傍らのソファの背もたれに荷物をかけると、ダンテはふうと息をつく。
「それはなあに?」
「新しい服。気分転換してぇなと思って」
衣装カバーのジッパーを開けると、ひと揃いの真紅のコートとベストがとろりと零れ出た。手を伸ばしてみると、滑らかなレザーの生地で、ひどく手触りが良い。
「大人っぽくてかっこいいね」
だろ、と笑うとダンテはメアの手を取って、
「なぁ、着替えるの手伝ってくれないか」
チェシャ猫みたいに笑うその顔に妙に胸がざわついたが、メアはいいよと小さく応じた。
右胸にあるバックルに手をかけ、胸元を渡るホルスターのベルトをするりと抜いた。ダンテの体温の残ったレザーの感触が生々しくてひくり、と喉が引き攣ってしまう。背中側に回り込んで横に傾けた首筋から襟元に手を差し込んでコートを持ち上げると、ダンテがするりと腕を引き抜いた。軽いとは言い難いコートだ。見慣れているはずの上半身裸の姿が妙に気恥しいのは自分の手で脱がしているという感触がきっとあるからだろう。
コートを軽く畳んで脇に置く合間にダンテがボトムスを脱ぎ、ボルドー色のタイトなレザーパンツに履き替える。
「全身赤なんだね」
「目立った方が仕事も来んだろ」
なぁにその理由、と笑いながらブーツも履き替えて屈むダンテの頭にインナーのシャツをすっぽり被せた。肌に吸い付くようなその素材に思わず首筋から肩の線をなぞってしまう。
「今までずっと肌が見えてたから、なんかこう、」
「逆にエロい?」
「ちーがーう。安心だなって」
挑発的な佇まいもかっこよくて好きだったが、きちんと身を守れる服装をしてくれるのも気持ちが落ち着いた。
そんなことを取り留めなくベストのベルトを締めながら伝えると、頭を撫でられる。
「心配しすぎだろ」
「まあ……何着てても中身は優しくて強いダンテのまんまなので、私はどんな格好のダンテも好きだし……別に……」
顔が熱くなり尻すぼみになって行く言葉を、なんだ?とわざとらしく追いかけられてメアは悔しさで唇を噛みしめた。
「要はダンテが好きってことですぅ……」
やけくそ気味に唇を尖らせて吐き出すとダンテが歯を見せて笑った。
「そりゃどーも」
前髪をかきあげておでこにキスをされ、そのまま抱きしめられる。とく、とくと一定のリズムで鳴るダンテの心音が確かに聞こえ、少しだけ早い気がした。上半身と耳をぺたりと押しつけて、しばらくしてから顎の辺りを見上げると熱っぽいアイスブルーの瞳と目が合った。
身を屈めて軽いキスをされ、その整った唇が頬をなぞって耳朶に行き着く。ぬるりと突然耳の中を舐められ、ひゃあと悲鳴を上げながら飛び退こうとした腰もがっちりと腕でホールドされてしまいどこにも逃げ場がなくなってしまった。
「やだぁ……ダンテぇ……っ」
別の軟体動物のような舌の動きとぴちゃぴちゃと頭蓋に響く濡れた音で、脳を直接犯されているような心地になった。メアは肩を竦ませダンテの背中に腕を回してしがみつく。
なんで急にこんな事になっちゃったの、と戸惑いつつもきっと私の言動がまたダンテのスイッチを入れちゃったんだろうな、とメアは唇を引き結んだ。
ぬるぬるとした舌の動きに引き摺られるように下腹部が疼いて溶けだしたのを感じ、メアは太ももをぎゅっと強く寄り合わせた。
「案外耳も弱かったんだな」
吐息を吹きかけるように囁かれてぶるりと背中が震える。首筋を一度噛むように吸われ、部屋着のままのTシャツの裾からそろりと手を差し込まれて、メアは待って、とか細い声をあげた。
「……するの?」
「嫌、か……?」
その心なしかしゅん、とするようなダンテの表情にああ、とメアは気がついた。私の言動が…というよりも彼も彼なりに興奮して浮かれてたのかもしれない、と思った。新しい店の名前、新しい服、看板も新調すると言っていた。性急さについ戸惑ってしまったけれど、そんな余裕のなさも愛おしいと思えたし、よくよく考えたら今までいつもダンテはメアの気持ちが追いつくのをちゃんと"待って"てくれてた、と思った。……今だってそうだ。
メアは腰の辺りで止まっていたダンテの手を取ると、するすると胸の上まで滑らせ、
「……続きをどうぞ?」
ダンテは安心したように笑うと、メアの体を抱き上げそのままソファに腰を沈めた。
膝の上に抱えられ、ダンテの指先がTシャツの中を這い、ぷちりと背中のホックが外される。緩んだブラジャーを鼻先で押し上げ、ダンテの舌が薄い生地の上からじゅっ、と乳房の尖端を吸い上げた。空いた手でもう片方の膨らみもすくい上げられ、やわやわと揉まれる。
鼻にかかった甘い息を漏らしながら、メアはダンテの前髪にそっと指を差し込んで頭を撫でた。
ぐっ、とたくし上げられたTシャツの裾を口で食んで押さえ、刺激で尖りだした飾りがダンテの口の中に飲み込まれていく。舌先で転がされたかと思えば、きつく吸われながら硬い歯でくにくにと甘噛みされ、メアはぎゅっと目を閉じてダンテの二の腕に爪を立てた。
「んっ……ふう……」
反対の尖端も同じように熱い舌の上で弄ばれて、メアは頬に朱を昇らせる。胸元を見下ろすと無邪気な子どものように微笑んでいるダンテと目が合う。
「ここも、だいぶ敏感になって来たよな」
赤く熟れた先をぴんと爪で弾かれてひ、と引き攣った声が喉から漏れた。確かにあまり自分で触る習慣もなく、ダンテに触れられるようになってから体のあちこちが鋭敏になっていた。
汗ばみ煩わしくなってきたTシャツとブラを頭から引っこ抜くと、下のハーフパンツにもダンテの指がぐいっ、とかかる。
「全部……?」
「全部」
もうどうせここまで来たのなら、とメアはダンテの膝から降りると靴もパンツも全て足からえい、と引っこ抜いて床に落とした。
「なんか、私だけ脱いでてそわそわする」
膝の上に戻りながらそう呟くと、ダンテの手の平が長い髪を掻き分け、背中から杏のように丸く尖った尻のラインを撫で下ろした。
「そういうのもたまにはいいだろ」
膝立ちの姿勢のまま背中側からぐに、と秘裂をなぞられてメアの体がぴくんと跳ねた。ダンテが指に唾液を絡ませると、ずくりと中指が秘所に埋もれていく。
「まって、ダンテ……っ、服汚れちゃうよ……」
「んなもん洗えば済むだろ」
既に熱で奥が蕩けていたそこはダンテの指でかき混ぜられてすぐにぽたぽたと蜜を垂らし始めた。おろしたてのレザーパンツの上に出来ていく染みを見てメアは頬の熱が増す思いがした。ぐちゅぐちゅと秘所が濡れた音を上げるたびにお腹の熱が燻っていく。
なんとか腰を高くしたままダンテの首にしがみつくと、口寂しさに襲われメアはちゅう、と唇に吸い付いた。角度を変えながら唇を開けると舌が差し込まれて歯列をなぞられる。吐息まで飲み込むように根元まですくい上げられ、軽く食まれるとその程よい痛みが心地よかった。
じゅぷん、とざらついた舌を擦り合わせるたびにタラタラと唾液が糸を引いて二人の胸元を濡らしていく。
尻から太ももを撫でさすっていた右手で、ダンテは熱い息を零しながらベルトを抜きレザーパンツの前を寛げた。ずるり、と外気に晒されたダンテの杭は既にだいぶ硬度を持っている。
「触っていい…?」
「どーぞ」
メアは口付けを止めて両の手の平に唾液を垂らすと、杭をゆっくりと包み込んだ。少し強めに握ってぬぷぬぷと上下に扱くと、じんわりと硬度が増して行き、ダンテの眉間が悩ましげに寄せられる。
「っは……」
「痛くない?」
「っ、平気……っ」
額から首まで汗ばみ、胸で息をしながら赤らんでいくダンテの顔を見ていると、じわりとお腹の辺りが熱くなる。首まで詰まったインナーから白い肌が僅かに覗くのが、却って扇情的だった。
メアは手の動きを止めずにダンテの首筋に吸い付いた。赤く色付いた鬱血の痕に達成感を覚えてふわりと笑うと、秘所に突き立てられる指が二本に増える。
「随分と余裕だな……っ」
「うっ、やだあ、あ」
崩れ落ちそうになる半身を腕で支えられて、じゅぷじゅぷと内側を掻き回されると目の前がくらりと回った。
「やらっ、いっちゃう、だんて」
舌がもつれ白い波が背筋に這い寄って来た時だった。ふ、とダンテの手の動きが止まり、メアは果てないまま深く息を吐いた。
「はあっ……」
「もうちょい我慢な」
ダンテはニ、と笑ってソファ脇の小棚からコンドームを引きずり出すと一袋歯で千切り、すっかり熱く尖った杭にかけた。
力の抜けたメアの体を抱え直し、腰を引き寄せると、
「これお前が好きなやつだと思う」
しとどに濡れた入り口に宛てがわれたダンテの杭が、支える腕の力が抜けた途端にずるりと中に深く滑り込んできた。
「やっ、待っ、んああっ……っ!」
自分の体重でより奥深くまで沈み、子宮を突き上げてくるダンテ自身の尖端の感触にメアは背を弓なりに反らせ、息を忘れそうになる。
ダンテの杭を根元まで飲み込んだ挙句、今まで擦られたことの無いような場所をぐりと突き上げられて背骨がムズムズと熱くなった。
「これやだっ…むりっ……んっ」
引いたはずの白い波が急にまたぶわりと押し寄せて来て、メアは口を抑え、抗えないまま爪先と背中をふるふると震わせて一度果てた。
目の前で星を散らしているメアにダンテはふはっ、と笑ってその頬を撫でる。
「ほらな?好きだろ、奥」
「うあ……っ」
怖々とダンテの肩にしがみついてもぞりと腰を動かしただけでも雷のような疼きが走り抜け、メアはポロポロと涙を零す。
「それとも止めとくか?」
と、軽く体を持ち上げられただけでも刺激が強く、メアはわあ、と半分パニックになりながら目をぎゅっとつむった。
「やだぁ、こわいよ……っ」
「怖くねえって。……ちゃんと気持ちよくしてやるし」
落ち着け、と宥めるように髪を撫でられ、腕の古傷にダンテはキスを降らせ舌を這わせた。啄むような唇が首筋に登って来て、くすぐったさについ笑い声が漏れる。
ダンテの右手がするりと胸の真ん中を伝い、火傷の痕を撫でた。その手がなぞる軌跡が燃えるように火照って仕方なかったが、同時に過剰な強張りも溶けて行くのを感じていた。
背中を赤子をあやす様にさすられて、メアは小さく呻きながらダンテの首にしがみつく。
膝を開いて腰を浮かせると、どろりと足の間で蜜が滴る感触がした。
「動いても?」
その問いかけに無言のまま頷く。
掴まってろよ、とダンテの腕で腰を固定されると体の下で律動が始まった。
ぐりん、と奥を削られるような動きに膝も腰も瞬時に溶け落ちてしまいそうになる。
「ふあ…あ…っ…!」
ダンテのバニラのような甘ったるい香りがする首筋に顔を埋めてメアは涙でぐずぐずになった喘ぎ声をあげるしかなかった。
尻を掴まれ、ダンテの熱い杭で内側を擦られるたびに砂糖のようにメアの中がとろとろと溶けて蜜でいっぱいになる。
最奥に杭を突き立てられたかと思うとゆるゆると腰を前後に揺さぶられて、お腹の深い所に尖端が押し付けられた。一定の場所で痛みとも快楽ともつかない甘い疼きが走るたびに中がきゅうきゅうとダンテの杭を締め上げてしまい恥ずかしさで顔が熱くなる。
その反応で弱い場所を掴んだダンテが、メアの尻を持ち上げると、
「ここが好きなんだろ?」
ぐり、と押し上げられた場所でぱちんと快感の泡が弾けた。
「ひゃああ……っ……」
ぴくぴくと達しながら恥骨をダンテの筋張った腰骨の辺りに擦りつけてしまい、刺激された萌芽がより一層快感のうねりを大きくしてしまう。
声を押さえようと思わずダンテの首筋に噛みついていた。インナーの下の筋肉の温かさと動きを噛みしめながら、生理的な涙と吹き出した汗が頬を伝う。
そんなメアの反応を笑って眺めながら、ダンテはゆるゆると腰を動かした。
抜き差しするたびにじゅぷりと押し出される愛液がすっかりダンテのおろしたての服を汚していた。
腿の付け根を持っていた指先がそろりと伸びて萌芽をくすぐる。
「んっ、ふ……っ」
弱い部分を突き上げるより擦り上げる方がメアの反応がいいと判ったのか、ダンテの動きは容赦がなかった。ずりずりと腰を揺らしながら親指で萌芽を擦られて、メアの歯がいっそうダンテの首筋に食い込む。休む隙すらなく攻め立てられてメアは駄々を捏ねるように首を振ったが、そんな些細な抵抗も虚しく背筋をぞぞぞ、と熱い疼きが這い登った。
「メア、」
ふいに名前を呼ばれてメアは息も絶え絶えになに?と顔を上げた。首に力が入らずもたれ掛かるようにダンテの額にすり、と自分の額を寄せる。
柔らかく微笑んでいる熱っぽいアイスブルーの瞳を間近で覗き込むと、キラキラとした光が星のように燻っているのが見えた。
「あいしてる」
そのダンテの唇から熱い息と共に紡がれた言葉に現実味が湧かないまま、意識が絶頂の白い波に飲み込まれてしまった。メアは嬌声を上げながら背中を反らせる。
ぴくぴくと震えているメアの体を強く抱き寄せて、ダンテは白い喉笛を噛みきつく吸い上げた。それを数度繰り返し、散った鬱血の痕に唇を落としてから、肩で息をするメアの頬にキスをした。
視界が戻って来たメアはもっかい、と荒い息のまま掠れた喉から声を絞り出しダンテの頬を両の手の平で包み込んだ。
「もう一回、言って……?」
「メア、愛してる」
ふわ、と笑うダンテの表情に、メアは顔をくしゃりと歪めて泣いた。ぽたぽたと熱い涙が頬を伝って肌がヒリヒリと焼け付く。きゅう、と自分のお腹の中が、繋がったままのダンテの杭を切なく締めつけるのが判った。
「なんで泣くんだよ」
困ったように笑いながら涙を拭い髪を撫でるその手の温かさにメアは余計に涙が止まらなくなってしまう。
突然転がり込んで散々迷惑をかけた自分を、見捨てることもせず沢山の甘い飴をくれる彼の優しさが苦しくて嬉しくて仕方なかった。
「どうしてダンテはそんなに優しいの」
嗚咽混ざりに尋ねると、ダンテは不思議そうに優しくなんかない、と声を上げてから、
「俺はメアのそういう奔放な所に救われてんだよ」
そう言ってふう、と息を吐くと、掠めるようなキスをしてから、それで?とダンテは悪戯っぽく笑う。
「メアは俺のことどう思ってんの」
もう答えが判りきってるくせして尋ねてくる彼のそういう意地の悪いところも嫌いじゃないんだよな、とメアは鼻をすする。
何度キスをして体を重ねても物足りず、好きでも大好きでも表しきれないこの感情に名前をつけるならそれはダンテが言ってくれた言葉と同じなんだろう、とメアは泣きながら笑う。
「私もね、愛してるよ、ダンテ」

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