CherryHappy1 | |
石田雨竜、17歳。髪の色、黒。瞳の色、黒。 職業、滅却師 兼 高校生――手芸部部長及び空座第一高校生徒会長。 それはあまりに肩書きが多すぎるんじゃないだろうか。 一護は細い首を背後から睨んで思う。 石田雨竜は、出会った頃から今まで一貫して滅却師だ。いつでも滅却師としての誇りと共に生きているような男だ。ヤツから滅却師という肩書きを奪おうものなら、どんなに激しく抵抗されるか解ったものじゃない。 そして、表向きは高校生だ。 空座第一高校の生徒で、1年の時から手芸部の部長を務めている。あと半年部長を続けるつもりらしいが……生徒会長がどこかの部の部長を兼任しているというのは、予算が不公平になるんじゃないかと疑いの眼差しを向けられるのではないだろうか。なんて心配してしまう。もしかしたら影の部長と言うヤツで、名義上は他の部員に部長の座を譲っているのかもしれない。そこまで詳しい話はしてくれない。 「手芸部も放ってはおけないからね」 と涼しい顔で言うだけだ。 だが。 滅却師業は問題ではない。本人の誇りであり生き甲斐だ。そして手芸は滅却師稼業にも必要不可欠な趣味らしい。集中していると色々な事を忘れられる、と言うのが本人の弁だ。 学生の本分は学業だ、と親父さんからキツく言われているのもあって成績だって常に学年トップクラスだ。ガタガタ落ちていった一護とは大違いなのである。 滅却して勉強して手芸して。 それは今までもずっと続けてきたことで、本人にとっては生活のリズムが出来ていることだったのだろう。一護だって「良くやるもんだ」とは思っていたが何の心配もしていなかった。ところが、つい先日そこにもう一つの肩書きが加わったのだ。そう、先にも言った――空座第一高校生徒会長――というものが。 なにを考えたんだか、なにをしたかったんだか。 ある日生徒会長選のポスターの所に雨竜のものが張り出されたかと思いきや、トップ当選してしまった。まさか、である。一護は驚きすぎて、結果を5回ほど聞き返したほどだ。 一護は、雨竜に前日言われていたのだ。 「当然、黒崎は僕に入れてくれるよね?」と。 雨竜が生徒会長になるだなんて想像も出来なかったし、なって欲しかったわけでもない一護は誤魔化すように答えた。 「ん? ナニを挿れて欲しいって?」 「……莫迦か、君は」 一護のボケを軽くあしらって雨竜はふい、と視線を逸らした。 翌日、一護は当然石田雨竜に清き一票を投じることもなかった。それでも、と言うか、友人達が全員雨竜を避けたとしても楽勝ペースで、雨竜は圧倒的に票を集めて生徒会長となったのであった。 いくら完璧超人に見える石田雨竜であっても、流石にこの兼業っぷりは無理があるように思える。現に、まだ生徒会長となって1ヶ月足らずだというのに雨竜は明らかにやつれてきていた。 「なぁなぁ。石田大丈夫か?」 啓吾が心配して言う。本人に聞いてもスルーされるのは解っているから、1年の頃から付き合いのある友人達に向けて心配でならない、という顔を見せる。 ――こんな顔、向けられたいわけじゃないんだよな石田は。 誰もが皆解っているから、雨竜に直接休むようになんて言えなかった。 言ったところで、雨竜が言うことを聞くとも思えなかった。 「ちょっとムリしてるように見えるよね」 流石の水色も表情を曇らせる。 「一護、なにか聞いてる?」 「んにゃ」 「そっかー」 一護にも言わないんじゃ、ぼくたちにはなおさらだよね。 水色は呟いてカフェオレをすすった。 何で俺? だなんてしらばっくれてみてもしょうがない。一護は曖昧に笑って返した。 それが、3日前。 今日は土曜日で学校も休み。一護は雨竜の部屋に遊びに来ていた。 「黒崎」 雨竜が首筋を押さえて振り返った。 「すっごい視線を感じるんだけど」 なに? と首を傾げる。その手元には製作途中の刺し子の花ふきんが握られている。少し前までなら、そんなの1日に何枚も縫えただろうに。一護は雨竜の手元を睨む。先ほどから、全然進んでいないようだった。 何もかも忘れられるくらい没頭できる唯一の趣味。それでさえ手付かずになりかけているほどに、今の雨竜は疲れているようだった。なのに、何も役に立つことの出来ない自分がもどかしかった。 生徒会のメンバーだったら、少しは仕事を減らせただろうか。 ――いや、そもそも教師受けの良くない自分が生徒会なぞに入れるわけもない。 手芸部の部員だったら、雨竜が何も心配しないくらいに完璧に部活を進行させられただろうか。 ――手芸部は、今は井上も一緒になってやっているらしいじゃないか。自分がいたところで、邪魔なだけだろう。 だったらせめて『力』があれば――石田の睡眠時間を、少しは守ることが出来たのに。 ギリ、と歯を噛み締めて一護は拳を握る。 「黒崎、どうしたんだい?」 「いや、別に」 ――何か。何か俺が石田にしてやれることはないだろうか。 一護は考え、そして唐突に立ち上がる。 「? どうしたんだい?」 「帰る」 「は?」 帰る、って来たばかりじゃないか。 雨竜は驚きを隠さない。第一無理矢理約束を取り付けて押しかけてきたのは一護で、雨竜が来て欲しいと言ったわけではない。なにをするわけでもなくベッドに横になって雨竜を睨んでいたかと思えば、今度はいきなり「帰る」だなんて――意味が解らない。そんな表情で一護を見ていた。 「いや、帰らねえ」 「どっちだよ」 「一度帰る。で、戻ってくる。今日は泊るからな」 「え。なにその宣言」 「じゃ、夕方」 呆然としている雨竜を置いて、一護は自宅へ早足で帰るのだった。 それから5時間程が経ち、一護はまた雨竜の部屋の前に立っていた。当然のようにガチャ、とドアノブを回す。が、これまた当然の如く鍵が掛かっているから開くわけがない。 「……ッおい石田! なに鍵掛けてんだよっ」 「普通掛けるだろう。なにを言っているんだ」 呆れたような声と共にドアが開く。やっぱり、その顔は以前より疲れているように見えた。一護は遣る瀬無い気分を隠すように仏頂面になる。 「…………」 バタン、と鼻先でドアが閉められた。 「オイ! なんだそれッ!?」 「それはこっちの台詞だ。なんだ君のその顔。帰れ、帰ってしまえ」 慌てる一護に、雨竜の不機嫌そうな声が聞こえてくる。確かに、今の顔はマズかったかもしれない。反省した一護は平謝りだ。 「ゴメン! 別に石田がどうこうじゃなくて、色々考えてたらあんな顔しちまったっつーか」 「有り得ない。本当に君、なに考えてるんだ」 改めて玄関のドアを開けた雨竜は、一護の荷物を見て眉をひそめた。一護は両手に大きな袋を提げていたのだ。 「なんだよ、その荷物」 また僕の部屋に置き服でもするつもりか。 露骨に嫌な顔をする雨竜に、一護は笑顔だった。まぁまぁ、と言いながら家に上がりこんで、台所に立つ。なにをするのか、と無言で腕を組んで眺めている雨竜を振り返ってまた笑いかければ何故か顔を背けられた。その頬が赤くなっているような気がして、一護は少し気持ちが上向くのを感じる。 ――今、俺が石田にやってやれることと言えば。 手を洗い、袋の中からタッパーを何個も取り出す。 「黒崎、それ」 「オメー、また昼飯食ってないだろ。使った様子がないじゃねえか」 流しは今朝方見たときと同じく綺麗なままで、食器も動いていないようだった。 「あぁ。ちょっと集中していたら食事忘れちゃってさ」 「忘れんなよ」 家から持ってきたエプロンを取り出してつけると、雨竜は何故か慌てた。 「え、黒崎なにを……?」 「今日の夕飯。作ってやる」 「でも」 気まずそうに眉を寄せ、雨竜は横目で冷蔵庫を見る。中身がほぼ空っぽなのは、確認しなくても解っている。一護はまた笑って、袋から材料を取り出した。 「そんなに難しいのは作れないけどな」 あ、そうだ、などと呟きながら一護は先ほど出したタッパーを冷凍庫に詰め込んだ。かなりパンパンになってしまったが閉まらないわけではない。自分の勘の良さに満足げに頷いて振り返ると、雨竜は所在なげに立ち尽くしていた。 「座ってろ」 そう言うと雨竜は困った顔をする。落ち着かないのだろう。なんとなく気分は解る。でも、ここで動かれては意味がないのだ。 「いや、なにか手伝――」 やはり、思った通りのことを雨竜は言い出す。だが、一護は改めて言った。 「座れ」 「……う・ん」 有無を言わさぬ言葉に雨竜はやっぱり落ち着かない様子で床に座った。しかも、何故か正座だ。なにを自室で改まっているのだが、と思う。雨竜が明らかにソワソワしながら自分を見詰めているのを感じながら、一護は調理を開始した。 お湯を沸かして、お米を炊く準備をして、野菜を洗って――気付いて一護は洗面所に向かう。 「黒崎。なにするんだ」 後をついてくる雨竜に「フロの準備」と言えば、それくらいは自分でやる、とブラシを取り上げられてしまった。働かせるものかとする一護と、することがなくて手持ち無沙汰だった雨竜はしばらくブラシの取り合いをしていたのだが、じきに「お湯が沸いたみたいだよ。ほら、さっさと台所に戻ったらどうだい?」と、何故か勝ち誇った表情の雨竜に言われた一護はその場から手を引いたのであった。 風呂掃除をしている音がする。それを背後に聞きながら一護は調理を再開した。卵をお湯に入れ、野菜と肉を適当な大きさに切って炒めて味付けをする。気付けば雨竜がまた背後で正座をしていた。 ――だから、どうして正座なんだ。 突っ込みたい気持ちを抑えて味噌汁を作っていると雨竜が食卓の準備を始めた。 「あ、石田。テメ動くなって!」 「良いじゃないか」 良くない、とむくれる一護に雨竜は柔らかく微笑んだ。 ――あ。その顔。 好きだな、と思うと同時にそんな顔はひどく久し振りに見たような気がして、また気分がささくれそうになる。ダメだ。今自分がそんな気分になってどうする。一護は自分を奮い立たせてフライパンを睨んだ。 N E X T |