CherryHappy1



「そろそろ食えるぜ。あとは座ってろって」
「うーん。じゃぁ……」
 やっと一護の言葉に従って定位置に腰を据えた雨竜は、やっぱり正座でかしこまっている。なにをそんなに緊張しているのだ、と矢張り妙な気分になる。
「ほら、食え」
「……量、多くないか……?」
「食え」
「解ったよ」
 溜め息混じりに雨竜は目の前の丼を眺める。そう言えば、石田が丼を抱えている図なんて想像できない。丼飯をかっ込む石田。それはなかなか面白そうだ、とニヤリとすれば雨竜は嫌な顔をしてみせた。
「多いよ、絶対」
「昼食ってないんだろ。残したらただじゃすまないからな」
 解ったってば、と珍しく子供のような言い方をした雨竜は「いただきます」と言って箸を取った。
 一護の場合雨竜と違ってあまり手間隙掛けた料理は作れない。いわゆる子供のいる家庭の洋食などが基本だし、ご飯もののレパートリーが豊富だ。今日のはあんかけにした炒め物を丼飯の上にかけただけだ。でもこれだって妹たちからは好評だったりする一品だ。ただし、自宅にある調味料と雨竜の家に常備されている物は違うから同じ味、と言うわけにはいかなかったのが残念だ。果たして雨竜は気に入ってくれるのだろうか、と今になって心配になる。
「ん、美味しいよ。ありがとう黒崎」
 もそもそ雨竜が言う。頬が緩むのを感じた。正直嬉しかった。うふふ、なんて笑いが口からこぼれ出てしまうほどに嬉しかった。
「その顔、気持ち悪い」
 むすっとした雨竜の頬は紅い。
「なんだったら俺の分も食って良いからな」
 上機嫌になった一護が言えば、そんなに食べられるわけないだろう? 君みたいに大きな胃袋は持っていないんでね、なんて返ってきた。少しだけ以前の調子を取り戻したように見えて安心する。
「君、楽しそうだな」
「そうか?」
「うん」
 そんな顔、久し振りに見たような気がするよ。と言う雨竜は、多分照れ隠しでもごもごと喋っているのだろう。可愛らしくて、矢張り顔がにやけるのを止められない。
 ――なんだ。石田のこと少しでも休ませてやりたくてやってんのに、俺が嬉しくなって元気になってどうするんだよ。
 こんなに心が躍るのはいつ振りだろうか。
 幸せな気分のまま夕食を終え、一護は洗い物をしながら言った。
「いしだ〜」
「ん?」
「冷凍庫に、カレーとハヤシとホワイトソースとハンバーグと餃子と、挽肉と玉葱炒めたヤツ入れといたから」
「……え? なに、それ」
 目を丸くする雨竜に、それなら解凍して温め直すなり焼くなり、少しのアレンジ加えればすればすぐに食べられるだろう、と一護は言って振り返る。
「それすら面倒とか言うんじゃねーぞ」
「――ハイ」
 妙に素直に頷く雨竜があまりに可愛らしくて、ついついお皿を放り出して抱きしめたくなる。が、ここは我慢だ。しばらく一護の後姿を見ていた雨竜は、黙って立ち上がり隣にやってくる。どうしたのだ、と視線をやればその手にふきんがあった。
 ――コイツまた。
 と、思いはしたもののこれをまた止めようと揉めても疲れるだけだろう。だったら、密かに新婚さんのようだ、とでも1人妄想していれば良い話だ。
「止めないのかい?」
 皿を拭きながら雨竜が言う。
「止めない。楽しいし」
「皿洗いが楽しいのか? 変な男だな、君」
 ククク、と笑う一護を気持ち悪そうに見て、雨竜は手元に視線を移した。
 
 洗い物も終わって一息つく。そろそろ風呂にでも入るか。時計を見上げて一護は立ち上がった。
「石田。風呂に入るぞ」
「あぁ、お先にどうぞ」
 本を読んでいる雨竜は、視線も上げずに言う。そんな雨竜の襟首を掴んで、一護は洗面所兼脱衣所に向かおうとした。
「な、なにっ?!」
「一緒行くぞ」
「えっ、や、嫌だよ。君何考えて――っ!」
 床を引きずられる雨竜は抵抗するが、軽い雨竜が暴れたところであまり意味はない。諦めた雨竜はされるがままになる。そんな様子も「疲れてるんだな」と切ない気分にさせられた。
「背中流してやるから」
「あ、あぁ。そういう意味……」
 と呟いた雨竜は頬を染めて顔を覆って唸る。
「どした?」
 そんな行動を不審に思って顔を覗き込むと、雨竜はブツブツ呟いていた。
「いや、ちょっと。黒崎が一緒にお風呂だなんて言うから。てっきり、その、あぁもう。まるで僕がそういうの期待してるみたいで、いや、僕の方が下心あるみたいで恥ずかし……ッ」
 それは確かに。と一護は妙に納得する。
 嫌がられようと狭いと言われようと一緒に風呂に入る、と強行した日には大抵あれやらそれやら大声では言えないような事が風呂場で繰り広げられるわけで。しかも今日は泊っていくと宣言しているのだ。雨竜がそういうことを想像しても可笑しくはない。
 でも、今最終的に抵抗をやめたってことは――なんてことを考えて、止める。ここで元気になってしまっては雨竜を疲れさせるだけだ。
 風呂だと言っても一護は脱がない。俺は背中を流すだけだ、と言えば妙な顔をする雨竜に笑いかけて服を脱がせる。「見るなよ」と言われても、それくらいは良いじゃないかという気もする。しばらく見続けていたがシャツのボタンを一つ外したところで脱衣所から蹴りだされた。
「入っても良いよ」
 声が響いている。もう浴室にいるらしい。ジーンズが濡れないようにたくしあげてから入っていくと、雨竜はバスチェアに座ってこちらに背中を向けている。やはり基本は1人暮らし用の部屋の浴室。男2人となると狭い。上から覗き込めば「見るな」とグーパンチが襲ってくる。軽く舌打ちしたのを聞きとがめた雨竜が一護を見上げて目を細める。
「オメー、本当に見えないんだな」
「うるさいな。君の能天気な色の髪はしっかり見えてるよ。ほら背中流すんじゃなかったのか? さっさとしてくれ。風邪引いちゃうじゃないか」
「はいはい」
 はい、は1回だ。と言う雨竜の身体を流す。それからボディソープを手に取り泡立てると直接肌に手を滑らせた。
「っ! く、くろさきっ!!」
「なんだよ」
「そ、そこのスポンジ使って良いか……ら、んんっ」
 優しく優しく、と思っていたのが裏目に出たのか、雨竜はくすぐったがるどころかこれは明らかに感じている声だった。
 ――あー、ヤベ。ここでそんな声聞かされたら。
 しかも、裸なわけだし。いくらしっかりと下半身はタオルで隠されている、といってもあまりに無防備な姿で自分の前にいる雨竜に手を出したくて仕方がなくなる。
 でも、今日の目的はそこじゃない。
 一護は必死に煩悩を振り切って、無心で背中を洗う。首・腕、そこまでは色っぽい声を聞かされるだけで抵抗はされなかった。指の一本一本まで丁寧に洗っていると、触れた指を絡められる。
 ――いや、だから石田。
 そんな、誘うようなことをしないで欲しい。鋼の精神力なんてのは持ち合わせていないのだ。今だって、洗わなきゃいけないと思うのに指を外せないでいる。困っていると、雨竜が気付いたように「あぁ」と吐息を漏らして腕を下げた。
「もう、良い」
「へ?」
「だから、後は自分でやる、って言ってるんだよ」
 そういうわけにはいかない一護は食い下がる。けれど雨竜から「この状態でどうやって洗うつもりだい?」と問われれば答えはない。いつもだったら自分も脱いでいるわけで膝の上にでも乗せればいいのだけれども、服を着ている状態ではムリだ。どうしよう、と眉を寄せる一護は「出て行け。僕に風邪をひかせるつもりか」と言われて追い出されたのだった。
 仕方なく、一護は洗面所で腕に残った泡を流して部屋に戻った。雨竜はさっき何を読んでいたのだろうと思ってテーブルの上に放り出された本の表紙を開いて、漢字・カタカナの多さに5行で投げ出して自分で持ち込んだ雑誌を捲る。しばらくすると雨竜が髪を拭きながら出てきた。
「黒崎も入ってくれば?」
「んー」
「早く!」
 湯が冷める、と今度は一護が襟首掴んで風呂場に放り込まれる。
「ちょ! 俺まだ服ッ」
 早く出て来るんだね、とガラス越しに雨竜の声がする。服のままで浴室にいるだけでなく、着替えも用意はされていない。裸で出てこいというのだろうか。
 と、悩んで時間が経ってしまえば怒られる。揉めたくない一護が命令通りのカラスの行水で出てくると、ミルクを温めていた雨竜が振り返って目を丸くした。
「早いな」
「早く出て来いって言ったの石田だろ」
「いや黒崎。服は着ようよ」
「着替えも持たせずに風呂場に放り込んだのは誰だ?」
「……僕、かな?」
 しれっと雨竜は言ってマグカップにミルクを移した。
「はい」
「おう、サンキュ。って俺服着てねーんだけど」
「……あ」
「おい」
 そうか、服、着るんだったっけ。呟いた雨竜は耳を紅くして横を向く。
「あぁ?」
 挙動不審な雨竜の様子に首を傾げた一護は、はたと思い出して自分も顔が熱くなるのを感じる。普段だったらこのままベッドに直行なのだから、服なんて着る必要がない。着なくても良いだろう、と言うのはいつも自分の方だった。
 ――普段の俺、どんだけ盛ってんだ……?
 冷静に考えると恥ずかしくて仕方がない。身悶える一護に乱暴に服を投げつけた雨竜はベッドに向かう。
「なんか石田さぁ。俺の扱い悪くねえ?」
「そんなことないよ」
 涼しい顔の雨竜を恨みがましげに見て、一護は投げられたパジャマを着る。並んでベッドに座り、ミルクを飲んでしばらく取りとめもないことを話す。そうこうしているうちに日付が変わってしまった。
「石田、明日はどこか出掛けような」
「やることあるんだけど……」
「俺が手伝えることならやってやるから」
「うーん」
 2人並んで歯を磨いてベッドに向かう。先に布団に入り雨竜の枕の上に腕を乗せた。不思議そうな顔をする雨竜に視線を向けて、開けた場所をポンポンと叩く。
「来いよ」
「…………」
 雨竜はまた紅くなる。
 ――いや、この行動は別になにか連想させるなんてことは、ないはずだけど。こんなこと、したことないし。
 その反応を訝しがる一護を悔しそうな顔で見て雨竜は言った。
「くそっ、今少しだけ格好良いとか思ってしまった自分が憎い……うわ、黒崎なんかにときめいた。ああああああ!!」
「石田、おい石田、落ち着け」
 コレだけ自分の思いを喋ってくれるのも、多分疲れのせいだ。嬉しい、けれども照れる。
「なにもしねーから」
「…………」
 それはそれで腹が立つ、と聞こえたような気がするけれども、今日は我慢。一護は自分に言い聞かせてもう一度隣を叩いた。
「寝ようぜ、な?」
「ん」
 雨竜は隣に潜り込んでくる。腕に雨竜の頭の重みを感じて、一護はなんとも幸せな気分になる。
 ――だから俺が幸せになってどうするんだって!
 自分に突っ込みを入れつつも、一護は笑みを浮かべずにはいられない。間近にその顔を見た雨竜は嫌な顔をした。そんな顔をするな、とおでこを突付くとそこを押さえて背中を向けようとする。
「こっち向いとけって、な?」
 ぎゅうっと抱きしめると、雨竜は腰の辺りにおずおずと腕を回してきた。また、一護はなんとも言えない幸福感に包まれる。
「お前も、同じ気持ちだといいんだけどなぁ」
「え? 同じってどういう……おい、黒崎?」
「ん。俺、今すっげぇ幸せ」
「いや、黒崎ってば。この体勢で寝るなって、コラ!」
 腕の中で雨竜がもがくのを感じながら一護は笑う。そんな一護に、雨竜は溜め息をついた。
「そんな顔されたら、振り解けないじゃないか」
 寝るなよ黒崎。
 雨竜の声がする。なんとか雨竜を休ませたくて考え付く限りのことをやってはみたけれど、まだまだ足りない気がする。じゃぁあとは何をすれば良いだろうか。
 手作り弁当? 通いで家事でもやるか? どうしたら笑ってくれるだろう、とそんなことを考える。
 雨竜がなにを喜んでくれるのか、一護はまだ掴めてない。
「黒崎、ありがとう」
 ぽつり、と雨竜が言った。
「気にすんなって」
 かなりの眠気を感じながらも一護は笑ってそっと額に口吻ける。「甘やかされてるみたいで嫌だな」と言った雨竜に「甘やかしてんだよ」と返せば、ぐりっと拳で腰をえぐられた。
「そんな、疲れるほどにお世話してくれなくても良かったのに」
「お世話じゃなくて尽くすって言って欲しい」
「……莫迦なのか、君は」
「んー?」
 なにもしてくれなくても、君は傍に居てくれるだけで好いんだ。
 雨竜が何故か悔しそうに呟くのを聞いたような気がしたけれども、目を開けることすら億劫な一護は、もう返事をすることが出来なかった。






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