落穴
結局、八は気付かないまま後輩の飼っているジュンコという毒蛇を探しに行ってしまった。自分の小屋で耳を垂らしてる黄を撫で宥めて飼育小屋を出ると日も傾いてきたので自分の長屋に戻ろうと思い足を向けると途中に有った落とし穴に落っこちた。 腹が立っていたので足元の罠に気付けなかった自分に溜め息をつき結構深めな穴にまた溜め息をついた。
「喜八郎ー!」
掘った張本人である喜八郎の名前を呼ぶと土だらけにした顔を覗かせた。
「だぁいせいこう。」
楽しげに言う彼に呆れた笑いを飛ばすと笑ってくれたと勘違いしたのか嬉しそうに笑った。違う、そうじゃない。
「出して。」
「えー。」
「えーじゃない。」
「鈴先輩やっと落ちてくれたのに〜。」
口を尖らせて文句を言いながら鋤の柄を向けられて掴むと持ち上げて穴から出してくれた。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
手や忍者服に付いた土を払った後、喜八郎の頭を撫でると得意げに言った。
「なんか、話したいことでもあった?」
喜八郎はいつもそうだった。何かあった時は長屋の前に落とし穴を掘り自分を待っていた。よく勘右衛門が落ちてたから気付いたのは最近だけど‥
「あ、相談。」
思い出したように目を開くと自分の服の裾を引っ張り見つめてきた。
「どうした?ここじゃ話しにくい?」
黙ったまま頷いたので自分の部屋に場所を移した。部屋の中に入ると喜八郎は正座をして真っ直ぐ自分を見た。
「相談です。」
「はい。」
真剣な彼につられて向かい合わせになるように正座をして息を飲んだ。
「先輩は色の授業はご存知でしょうか‥。」
後輩からの相談に驚きで心臓が鳴り隠すように膝の上に置いてあった手を握った。喜八郎は四年生だからそろそろやるのか…
「房中術だよね。」
「やりたくない。」
怒ったような悲しそうな声で話す彼に困った顔しかできない。避けて通れない道だし…自分も授業やったからこそできた仕事もあるし。頭を抱えて悩んでいると俯いていた顔を上げて彼が潤った目でこちらを見ていた。
「鈴先輩がしてください。」
「は?」
思わぬ言葉を発した喜八郎に驚きを隠せず口を空けて固まってしまった。
「先生方は本人に聞けとおっしゃいました。」
「はい?」
更に動揺するような発言に心臓が鳴り止まず混乱して視界が回り始めた。ちょっと待って喜八郎は女って気づいてるの?先生方も本人にってそれはあまりにも…
「駄目?」
「駄目って…だって自分は…。」
「知ってる。」
何を知っているのか自分は理解出来きないのでこの状況を回避する言葉を頭の中で探した。
「先輩ならほられてもいい!」
目を強く瞑り拳を握った彼の言葉に呆気に取られ引きった顔になった。バレてないことは良かったとして。いきなり言われたからきっと動揺してるんだよね。だから相手が男でもいいって思っちゃうんだよね。たぶん…
「…喜八郎。自分は相手になれない。けど先生に頼んで先延ばしにしてもらうことはできると思う。」
「はい。」
「言われてすぐは難しいよね。」
「…はい。」
泣きそうな顔をしてる喜八郎の頬に手を添えて安心させるように微笑むと抱き付いてきた。頭を撫でてあげると背中に回した手で服をギュッと縋るように握った。
「先輩、獣臭い。」
「なんだ。悪口か。」
「でも、いい匂い。鈴先輩大好き。」
更に抱き締める力が強くなり体重を預けるように寄り添ってきた。落ち着くまでこのままにしとこうと背中を撫でていると寝息が聞こえてきた。
「疲れたのかな。」
布団に寝かせてやると安心したような寝顔の喜八郎に笑顔が零れた。
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