小説 | ナノ
悪夢 01




夢を、見ていた。


夢だと分かっているのに、今すぐこんなことなんてやめたいのに。俺の意思に反して身体は動き、台詞を紡ぐ。


「……お前だけは許さない!絶対にこの俺が倒す!」

そう勇ましく告げた後、長剣を彼に突き付ける。こんな剣は見たことも触 れたこともない。それなのに、夢の中の俺はこの剣を長年の相棒だと思っている。

剣を突き付けられた相手、魔王は玉座からゆるりと立ち上がる。艶やかな銀髪が肩に流れた。今まさに命を狙われているにも関わらず、彼の所作は余裕さえも感じさせて。それがまた、俺の憎しみを煽る。

強く睨み付ける俺とは違い、魔王は薄い笑みを浮かべたまま。ただ一言何かを話した。しかし、俺の耳には届かない。
何を言ったところで関係ない、こいつはこの世から葬らなければならない相手だ……そう、思い込んでいた。
剣を握る手に力を込める。

いやだ、やめたい。

俺自身はそう叫んでいるのに。ひたすら相手を憎悪している夢の中の俺は全く聞いてなどくれない。二つの感情が入り交じり、頭が割れそうに痛む。いやだ。

勝手に身体が動く。剣を大きく振りかぶる。そして俺の愛しい魔王へと全力で振り下ろした――






「……おい、起きろ。起きろ、クラウス」

肩を何度か揺さぶられて目が覚めた。運動をした訳でもないのに心臓は激しく脈打ち、服は汗でびっしょりと濡れていた。呼吸が苦しい。胸を押さえながら浅く何度も息を吸い、吐く。

……また、あの夢だ。

「酷くうなされていたが。あの夢か?」

横たわったままの俺の顔を心配そうに覗き込む影。どうやら彼が起こしてくれたらしい。
魔王フロヴァルト。魔界を統べる王にして……俺の愛しい人。

「ええ。申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」

誰よりも魔王の近くで働く俺は、部屋も彼のすぐ隣に宛がわれている。俺の声が忙しいヴァルトの眠りを妨げてしまっていたのなら。そう不安に駆られながら問い掛けるが、彼は柔らかく首を振った。

「いや、まだ起きていた。寝る前に様子を見に来たらうなされていた」

それを聞いて安心し、ゆっくりと息を吐きながら身を起こす。
そうだ、俺は魔王フロヴァルトに仕える忠実な側近で。彼の喜びこそが俺の喜びで。物心ついたときには彼の側にいることが当たり前だった。

彼に特別な感情を抱き始めたのがいつだったのか、正確には思い出せない。ただ、いつからかただ横にいるだけでは我慢できなくなり。触れたい、キスしたい、そういった感情に苛まれるようになった。
ヴァルトには俺の考えることなど全てお見通しだ。俺の想いはすぐに見抜かれてしまい……それでもなお、側にいることを許された。魔王とその側近でありながら、恋人同士だと名乗ることを許された。そのはずだった。


幸せだ。幸せな毎日だ。でも、夢の中の俺はそんな暖かい気持ちなど欠片も持っていなかった。ただ暗くて冷たい感情に支配され、その全てを魔王に向けていた。

所詮夢だ。そう頭では理解している。しかし心が追い付かない。いつか本物の俺も、あの俺のようになってしまうのではないか。愛しい人を手に掛けようとするのではないか。そう思うと、ただひたすらに恐ろしい。

意思に反して細かく震え始める身体を必死で抑える。自分を抱き締めるように両腕を回すと、ヴァルトがそっと俺の頭に手を置いた。そのまま数度左右に手を動かして撫でる。

咄嗟の行動だった。ヴァルトの首に腕を回してその身体を引き寄せ、口付けた。彼ほどの人物なら俺の手など簡単に振り払えるはずだが、そうしなかった。それに気を良くした俺は更に口付けを深める。
舌を差し入れても抵抗はなかった。そのまま押し進めていけばすぐにヴァルトのそれへと突き当たり、掬い上げた後に絡め取った。そして深く舌を絡ませ合う。その動作を角度を変えながら何度も繰り返した。

「……どうした?今日は随分と積極的だな」

ようやく俺が彼から唇を離すと。銀糸を断ち切りながらヴァルトがからかうように言った。
俺の頭に置かれていた手はいつの間にか背中へと回されていて、抱き寄せられるような形になっていた。顔を彼の胸板へと埋める。

「恐ろしいんです。いつか俺が、あの夢のようになってしまうのではないかと」

そう、恐ろしい。夢の中の俺が。現実味を帯びた夢が。そして、俺があの夢通りの行動を取ってしまうことが。だが魔王は、それを聞いて低く笑った。

「お前が私に刃向かい、容易く私は殺されるとでも?有り得ないな。こんなにも想いが通じ合っていると言うのに」

強く俺を抱き締めながら額へ唇を落とされてしまえば、もう我慢など利かなかった。確かに俺はヴァルトを愛していて、ヴァルトから愛されている。その証が欲しい。

彼の胸から顔を離して見上げる。深い赤の瞳と目が合った。俺も真っ直ぐに視線を返し、ただヴァルトに懇願した。

「お願いします。俺を、抱いて下さい」

返事はない。だが、そっと肩を押され共にベッドに倒れ込んだことから。彼の選んだ答えは明らかだった。

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