小説 | ナノ
生徒会長の受難 01



……その日そこを通ったのは、ただの偶然だった。そんな偶然をいくら呪ったところで時間は戻らない。


生徒会の仕事というものは大変だ。役職が会長ともなれば尚更のこと、やるべき業務は山のようにある。教師や生徒から次々に持ち込まれる問題、それらの解決法を考えて皆が円滑な学校生活を送れるようにする。
簡単なことではないが、仕事をこなせばそれに見合った充実感を得られる。生徒会室で業務に没頭しているうちに陽が落ちている、それはいつものことだった。

その日もいつも通り。仕事に一段落ついたところでふと意識を外へ向けると、既に闇が迫っていた。

(いつの間にこんな時間に……)

自宅は学校からさほど遠くない。しかし流石にそろそろ帰るべきだろう。そんなことを考えながら急いで支度を始め、鞄を手に取った。
その後、しばらく思考を回す。確かいつも使っている道は工事により通行止めになっていたはずだ。代わりのルートをいくつか思い浮かべ、そのうち最も所要時間が少ないだろうものを選ぶ。そして、その道へ向けて出発した。



だが、数分後には。己の選択を後悔することになる。


(なんであいつらが……)

舌打ちしたくなる忌々しさが抑えきれない。細い路地の中、視線の先には派手な金髪をした他校の生徒達が三人。
この辺りでは有名な不良達で、金を巻き上げられただとか脅されただとか、生徒会に持ち込まれる相談にはあいつら絡みのものも多い。
幸い三人組は何か良からぬことを企んでいる様子はなく。ただ集まって雑談をしているだけに見えた。更には彼らと自分の距離は遠く、こちらの存在に気付かれたようでもない。

(関わり合いにならないに限る)

そう瞬時に結論付けて踵を返す。しかし数歩足を踏み出したところで肩を掴まれた。痛いほど強く掴まれ思わず眉間に皺が寄る。漂ってくる煙草の匂いの犯人は、振り向かずとも知っている。
厄介なことになったと、考えるまでもなく分かった。

「そいつ何ー?」
「あれだろ、あの学校の生徒会長」
「黒髪と眼鏡と、それに……噂通りだな」

いかにも軽薄そうな口調での三つの台詞が耳に届く。一際低い声が背後から聞こえたかと思うと、肩を引かれ半ば強制的に振り向かされた。
視界に飛び込むのは鮮やかに光る金の髪と、鈍く煌めく銀のピアス。それらに気をとられた次の瞬間、強く壁に叩き付けられた。予想していなかった行動と衝撃に息がつまる。

「な、生徒会長サン。俺ら今金に困ってんの。ちょっと貸してくれねぇ?」

俺を正面から壁に押し付け、逃げられないように両肩を押さえ込みながら男が下卑た笑みを浮かべる。後ろの二人も全く同じ顔で笑っていて、それを見ただけで吐き気がしそうだ。

確かに財布の中にはそれなりの金額が入っている。今まで生徒会に入ってきた情報通りなら、大人しく要求を呑めばこいつらも満足して立ち去るだろう。彼らから金が返されることは一生なくとも、この場での安全は約束される。だが。

「お前らに渡す金はない」

そう告げた途端、男の目付きが鋭くなる。

「……あ?」
「金ならあるが、お前らに渡しても良い金はない」

周囲の温度が下がったような、そんな気さえした。三人が浮かべていた下卑た笑みは鳴りを潜め、代わりにあるのはただ鋭い視線。

「何こいつ、生意気じゃん」

男のうちの一人が言う。肩に置かれた手の力がますます強まったが、今の言葉を取り消す気など微塵もない。生徒会長としてこいつらの対策には本当に頭を悩まされた。被害に遭った人達の相談にも親身になって乗った。その俺自身が、こんな奴らに負けるわけにはいかない。

そんな思いを込めて彼らを睨み付ける。しかし眼前の男には全く効果はなかったようで、むしろ感心したように高い口笛を鳴らされた。

「あー……今の目付きすげぇゾクッときた。そんな顔で見つめられたら勃っちまいそー」

投げられた台詞の意味が理解出来ないでいるうちに男の顔がぼやけ、唇に生暖かい物が押し付けられた。キスをされているのだと気付いたのは数秒経ってから。

(っ……!)

何とか自由になる腕先で必死にその身体を押し戻そうとする。相手の力は強くビクともしないが、抵抗せずにはいられない。
どうにか押し退けようと腕にばかり意識を集中させていると、突如柔らかい固まりが口内に侵入してきた。唇と同じ温度の、されど遥かによく動くそれは俺の口内を自由に暴れ回る。歯を一つ一つなぞるように歯列を這い、驚愕によって奥へ逃げようとする俺の舌を巧みに絡め取った。

「ふっ……ん、く……」

未知の感覚に、僅か開いた唇の隙間からつい声が漏れる。男はたっぷりと唾液を注ぎ込んで唇を密着させ、感触を楽しむかのように互いの舌を擦り合わせて好き勝手に弄ぶ。口内を満たす唾液を俺が飲み込んだのを確認してから、その軟体はようやく出ていった。

俺はといえば、休む間もなく襲い来る感覚の波にただ翻弄されるばかりで。すっかり身体の力を失い、壁に身を預けるしかなかった。不足していた酸素を取り込もうと口を開けて肩を上下させる。気持ち悪くて仕方がない。それなのに舌先に残るのは甘い痺れ。微かな、それでいて気持ち悪さを上回る確かな快感だった。

「ボコっても良いんだけど、せっかく噂通りのおキレイな顔してることだし?こっちの方もありかもしれねぇな」

俺と彼とを繋ぐ銀糸を服の袖で拭いながら、男は言った。飛びっきりの悪戯を思いついたときのような、実に楽しげな笑顔付きで。

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