basara | ナノ


▽ 「preparation」






「…………私が、ですか」
「そうだ」


私、英梨は現在、お使えしている伊達政宗様の右腕、片倉小十郎様を目の前にしていました。伊達軍にお使えすると言っても、単なる小間使いであります。御飯とか作ってるだけです。
そんな私が。


「…………伊達様の、許嫁の振りを」
「そうだ」


眩暈がしそうです。
勿論私の他にも召使いはたくさんおります。特別器量が良いわけでも裕福でもない私が、何故。
今にも泡を吹いて倒れてしまいそうだと悟られたのか、片倉様は少し表情を緩めました。


「少しの間でいいんだ。良家の娘が政宗様に一目惚れをなさったから、それに見せつけるだけでいい。馬に乗って一周、散歩をして来てくれればいいんだ」
「…………」


相手がもっと、私と変わらない境遇の人ならそれだけと割り切れますが。
やはり渋ってしまいます。
中々了承しない私を見兼ねて、片倉様は眉間に皺を寄せます。


「懇意にしている者がいるのか」
「い、いえ、そういうことは」
「それなら」


失策でした。
先の質問を否定してしまった私に、選択の余地はありませんでした。


「…………かしこまりました」


ありがとう、と片倉様は端正なお顔に笑みを浮かべました。少し悪戯っ子のようだと思ったのは、気のせいでしょうか。


- - - - -


「…………」
「お、お初にお目にかかります、英梨です。本日はよろしくお願い申し上げます」


深々と礼をする私を、伊達様は黙って見下ろしていらっしゃるはずです。冷や汗がいく筋も背中を流れてゆきます。粗相のないようにしなければ。
…………。
お返事がないので、顔を上げられません。やはり、人選を誤ったとお思いになられたのかもしれません。


「…………政宗様」


片倉様の呆れたような声が聞こえますが、私は顔をあげることが出来ません。我慢します。


「…………Hey,honey」
「…………英梨、直れ」
「あ、はいっ」


伊達様のお隣で片倉様が苦い顔をなさっているのが気になりましたが、伊達様に視線を移しました。
やはり、お綺麗な方でした。全てが作りもののような、そんなお顔。私がそんな方の許嫁の役だなんて、と頬が勝手に熱を帯びてしまいます。


「そろそろ出発なされては」
「Ah,そうだな」


honey、と伊達様は私に手を差し伸べました。


「つかまってろよ」


そう言うと、伊達様は軽々と私を横抱きにして馬に上がりました。袴を履いていた私は、足を開いて馬の背に跨りました。


「…………わ」


初めて馬に乗ったわけではありません。ですが、久々ではあります。
がっと開けた視界といつもより数倍高い景色に、私の心は弾みました。


「行ってくるぜ、小十郎」
「はっ、いってらっしゃいませ、政宗様」


後ろに座っている方のことを忘れて、私は高鳴る気持ちを抑えることが出来ずにいました。
馬は、ゆっくりと歩き出しました。


- - - - -


「…………怖くはないか、honey」
「はい、大丈夫です」


honeyというのは、私のことのようでした。
外国の言葉はわかりませんが、胸の奥がくすぐったくなるような響きです。不思議でした。
伊達様は口数が多い方ではありませんが、それでも町のはずれほどまで参りますと、お話が長くなってきました。


「それで小十郎がな……」
「ふふっ」


ほとんどが片倉様のお話でした。
私は笑みを含みながら、口元を袖で隠しました。


「伊達様は本当に片倉様と仲がおよろしいんですね」


くすくすと笑うと、伊達様は少し黙ってしまいました。
どうしましょう、何か失礼があったのでしょうか。
恐ろしくなってそっと振り返ると、伊達様は何かに気が付いたようでした。


「…………honey、政宗って呼んでくれないか」
「ええっ!」


もう少しで落馬するところでした。
赤面してまごつく私を、伊達様は背中から抱きしめました。もう伊達様のお顔は見えません。


「呼ばないと、落とすぜ」
「…………!」


耳元で囁かれ、私は戦慄しました。


「わ、わかりました……ま、政宗様」
「Ha、聞こえねーな」


政宗様が私の身体を揺さぶります。
怖くなって政宗様の腕にぎゅっと掴まりました。


「政宗さまーっ」
「…………ま、今はそれでいいか」


今度は呼び捨てにしろよ、とまた耳元で囁かれ、私は身体の芯が熱くなる気がしました。



- - - - -


「おかえりなさいませ、政宗様」
「Oh、小十郎」

あれから味をしめた政宗様は私に無茶を言っては落馬させようとするという遊戯を道中楽しまれていました。屋敷が見えた時の私の安堵は計り知れませんでした。


「Hey,honey」


政宗様はご自身が先に降りて、私を受け止めました。政宗様の胸は逞しく、今までこんな胸板にずっと抱かれていたのかと思い出して赤面しました。
馬の方へ戻った政宗様に代わって片倉様がやって来ました。


「ご苦労だったな、英梨」
「あ、いえ、楽しかったです」
「そうか」


少し嬉しそうな声色です。


「政宗様には言ったのか」
「あ、そうですね。行って参ります」


私はぱたぱたと駆け出し、盛大に躓きました。身体が宙に浮きます。


「…………っぶねぇな」


政宗様でした。
大丈夫かと心配そうな顔をされていて、失礼ながら少し意外に思いました。
大丈夫ですと返事をして、政宗様から離れます。どこか寂しい気持ちを隠すように、私は体の前で手を合わせて笑顔をつくりました。


「政宗様、本日はありがとうございました。本当に楽しかったです」


あの短い時間を思い出して、胸が暖かくなりました。
政宗様はいつもの不敵な笑みを浮かべました。


「また遊んでくれよ、honey」


私は頷きました。
その『また』が翌日だとは思いませんでしたけれど、私はそうやって少しずつ政宗様を好きになっていったのだと思います。



→→→おまけ



「こっじゅうろおおおおおおお」
「…………如何なされました、政宗様」
「聞いてくれ、小十郎!honeyがかわいいんだ!あのな!あのな!」
「…………(牛蒡の水やりに行きたい)」




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