09





認めよう。私は浮かれていた。
ここ数日の間に私の身に起きた奇跡を思えば、私が浮かれるのも仕方のない事だ。


でも先生には、当然、私の事情なんて関係ない。
特に古文の先生は、ものすごく、とてつもなく厳しくて。教科書を忘れようものなら一時間ずっと立たされて、全ての問いに答えさせられる。それに答えられる賢い人は問題ないかもしれないけれど、残念ながら私は優秀ではない。よくて、中の中。


「忘れた……」

だから私は、昼一番の古文、その教科書が鞄にも机にもロッカーにも入っていないことに、とても焦っている。
……どうしよう……。

「借りに行けばええやん」
「そ、それは、よそのクラスに友達がいる人が、出来ることだよ」

私、財前くん以外友達がいないもん。

しょぼくれる私に、財前くんは「苗字見とると涙が出る」と言ってパックのフルーツオレを啜る。

「あっ、でも、でもね、財前くんが友達になってくれたから、」
「もうええ分かったから黙れ」

財前くん以外に友達がいないと言ってしょぼくれるなんて、失礼だった。そう思って、いかに財前くんが友達になってくれて嬉しかったかを語ろうと思った。それをピシャリと遮られてしまう。
だけどそれを突っぱねられたと感じないのは、相手が財前くんからなんだろうなぁ。彼が慕われるのも納得だ。


「知り合いくらいおるやろ」

話を私の忘れ物に戻される。
お昼休みは、あと10分しか無い。

確かに知り合いは、一応いる。去年同じクラスだった人達だ。

「でででも、他のクラス、こ、こわい……」

他のクラスなんて、そんな怖い所、行ったことがない。だから行かなくていいように、忘れ物だけはしないと決めていたのに。

ああ、でも、一時間古文責めにされるのと、どっちがマシだろう。
そんなことを真剣に考えていると、財前くんが「しゃーない」と溜め息をついた。

しゃーない。
彼のその言葉は、優しさで出来ている。


「近くで見とったるわ」
「……あっ、ありがとう!」



そうして恐る恐る訪れた、ここはお隣の2年6組。柱に隠れて中を伺ってみる。賑やかで、みんな楽しそうで、とても入れる雰囲気じゃない。
私のガラスの心が早速くじけてしまう。

財前くんの方を見ると、彼は壁にもたれてケータイを弄るという自然な素振りをしながら、頷いて見せてくれた。

そうだ。頑張るんだ。
気合を入れ直したところで、もう一度教室を覗く。その時、一人の女の子が教室から出てきた。その子は私を見て、言う。

「あ、苗字さんや」


……!

私の名前を覚えてくれている。私は感動した。
私も、この人を知っている。去年同じクラスだった森下さんだ。白い肌にふわふわの髪。マシュマロのような女の子。

「どうしたん?」
「え、あ、あの、」
「誰かに用? 呼ぶ?」

あの。ええと。
たじろいでしまう。言葉にならない。そんな私を、森下さんは不思議そうに見ている。

言わなきゃ伝わらない。そうだよね。


「森下、さん」
「なぁに?」
「こ、古文の、教科書を、よよよよろしければ、かしていただけないで、しょうか」


勇気を振り絞って出した声。ちらりと森下さんを見ると、森下さんは花のように微笑む。

誰かの笑顔が自分に向けられている。
こんなに嬉しいことは、きっとない。



2012/03/27


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