The lullaby can't make me sleep.I'm lost in the darkness.

14番目の秘密の部屋。秘密基地とも言えるのだろうか。答えてくれる人は今はいないけれど。
白いピアノに指を触れた。普通のピアノと色が間反対のそれは、かつて彼の人が弾いていたものだ。ぽろん、ぽろんと何音か奏でて、先程少年が弾いていたメロディーを再現した。いくら同じ音を出せようとも、私が方舟を操れることはない。あれは奏者だからこそできること。
大人の指であれば1オクターブくらい楽に届く。子守唄の旋律であるのに、この唄が私を眠らせてくれることはない。腕を伸ばして体を揺らすごとに白髪が視界に入る。最後の一音の余韻を響かせて、曲を終えた。

少年とリナ嬢はブックマンのジュニアとMr.サムライ、それからドラキュラ伯爵、水夫を迎えに行った。少年には迷子癖があるけれど、リナ嬢がいるからちゃんと帰ってこれるだろう。
子守唄も弾き終えたし、所在ないためにラの単音を部屋に響かせた。


「14番目やマナのことでも思い出してんのか」


クロスの口から煙草の煙が立った。高いミの鍵盤を押す。


「いい女が、んな泣きそうな面すんな」
「泣きそうになんてなっていないし、私の正体は100年を生きた魔女よ。いい女、なんて言葉似合わない」


一番下の音階から順番にゆっくりと指を滑らせていった。


「甘い言葉を囁かれたいのは一人だけか」


ドのシャープで指が止まった。

子守唄はやはり私を眠らせてくれない。「Well,I don't know.(さあ、どうだろうね)」曖昧な返事をして、再び子守唄を弾き語り始めた。彼の人が私に教えてくれた歌はいつまでも私の脳内に根付いている。ぐい、と腕を引かれたことで一音外れた。


「忘れられないヤツがいるせいで見向きされないと、男は逆に燃えるんだぜ」


この悪ぅーい顔に、今まで一体何人の女性が落ちたのだろうね。何人の女性を泣かせてきたのだろう。それからクロス、ムードを壊すようで悪いけれどあなたの守備範囲は広すぎるんじゃないのかい?


「師匠ぉぉおおお!!メアリーに何してるんですか!!」


バァン!と勢いよく扉が開いて、少年が飛び込んできた。ナイスタイミングだよ、少年。危うく狼に食われるところだったよ。


「このバカ弟子が…今いいとこだったってのに」
「アンタは女性の形をしていればなんだっていいって言うんですか!?」
「クロスを止めてくれたのは嬉しいけれど、その言い方は私も傷つくよ、少年」


私には傷つく心もあるんだってことを忘れてるんじゃないのかい。やれやれと肩を竦めると、少年の後ろから顔を出した彼らが、私の顔を見て大きく目を見開いた。


「す、ストラァアアアアアイク!!」


ジュニアはクロスと赤毛繋がりで女好きなように思える。女性と見れば必ずこの現象が見られるのではないのだろうか。


「ちょ、誰さアレン!突然現れた大人な女性ってどういうことさ!まさか方舟に幽閉されてたお姫さんとか!?」
「幽閉って…メアリーですよ」
「それはアレンの妹みたいなメアリー・ホワイトの名前っしょ。オレが聞いてんのはあの人の名前さ!」
「だからそのメアリーだって言ってるでしょ」
「は、はぁぁああああ!?」


ちょっと喧しい。思わず耳を塞いだのは私以外にもいた。


「コイツがあのクソガキと同一人物だと?どういうことだ」
「はっ!そうさね。子供が一瞬で大人になるマジックなんてあるわけが…」
「るせぇな。そんなことより今は方舟の中の安全を確認して来い、クソガキ共」
「そうそう。どうせお子様に説明してもわからない話だから」
「ここから先は大人の世界なんだよ」
「師匠ぉおおお!!」
「ちょっと触らないで」


気持ち悪いから止めてくれない、と頬を撫でる手を叩き落とした。クロスの性格の悪さは十二分に把握してるから、そういう関係はお断りしたい。

するりとピアノを一撫でして、呆気に取られている彼らの間を縫って外に出た。この方舟は白い街並みが続く。私の白い髪では景色に同化してしまうのではないだろうか。
白い髪はアレンとお揃いにするために自らの意思で組み換えた。そのことに関して、後悔とか、そういう類の想いを抱いているわけじゃない。ただ、それでも彼は変わった私を見て何を思うだろうかと考えると…。兵器であるAKUMAが殺すべき相手である人間に愛を抱くのは、やはり罪なのだろうか。


「It's a fruitless question.Unlike science,there is no right answer.(不毛な問いだ。科学と違って、正しい答えなどないのに)」


死んだ時の姿から、いつもの幼子の体に姿を戻した。私は変わった。変わってしまった。見た目も、想いさえも。それでも彼の人への想いは褪せていない。


「メアリーー!メアリーー!どこに行ったんだよ、メアリーー!」


これは少年の声だ。私を探しに来たのか。時間は情を生んだ。想いは変わっていない。けれど、それでも、私はその時が来たらアレンを殺せはしないだろう。失敗作の名に相応しい。


「少年、また迷子かい?」
「迷子なのはメアリーでしょ!」
「嗚呼、今回は否定できないね」


全て終わったその時は、子守唄を歌おうじゃないか。

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